36.入学したんだが・・・
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朝日と共に小鳥たちの囀りが聞こえる中、フラッドはベッドの温かさに身をゆだねていた。
昨夜、なかなか寝付けなかった反動か、抗いがたい睡魔に襲われるまま布団に身を包んでいると、階下から駆け上がるような足音が聞こえたかと思うと、勢いよく部屋の扉が開かれる。
「フラッド!早く起きて!
このままじゃ入学早々遅刻しちゃうよ!」
声と共に激しく揺すられることを不快に感じながら、フラッドは微睡む思考の中で睡眠の延長を希望する。
「ンン・・・、後5分・・・いや、10分だけ寝かせて…」
「おばさんが起こしに来た時もそう言ったんでしょ!
本当にこのままじゃ遅刻しちゃうから起きて!」
フラッドの返答に益々激しさを増した揺さぶりに、観念して起き上がったフラッドは、揺さぶっていた、馴染みとも最愛とも呼べる存在、ポーラへと朝の挨拶をする。
「ふぁぁ~・・・。
おふぁおう、ふぉーら」
「うん、おはようフラッド。
ってそんなことは後でもいいから早く着替えて!
はい、両手あげて!この袖に腕通して!―――」
挨拶もそこそこにあっという間に寝間着を脱がされたフラッドは、言われるがままに用意された服を着ていく。
未だ完全に覚めやらない頭で、あらかじめ用意していた制服を、自分が着やすいように広げ、手渡してくれる彼女を見ながら、フラッドは入学試験の日の事を思い出していた。
◇
入学式の日から遡ること3か月程前。
フラッドとポーラは、皆の了解を得て、入学予定先である王立プロデンス学院の入学試験を受けに来ていた。
プロデンス学院は国を支えていく未来の文武官や科学者などを養成することを目的とした学院で、王国全土から入学希望者が来るほどであった。
その希望者の多さから試験を五次まで行っており、貴族、王族を除いた者が受験を受けるには最低でもその地を治める領主などから推薦状が必要なほどである。
その為、金のある商家やそう言った存在と知己を持つものを除いて、一般の枠で受験するものは総じて能力が高い。
そんな学院の入学試験だが、王立と言うこともあり学院は王都に存在しており、当然入学試験も王都で行われる。
その為、王都から離れた地に住まう者達は、多額の移動費とそれに応じた日数をかけて入学試験に臨む。
それらにより、この学院に入学することがある種のステータスとなっているほどであった。
そうして集まった者たちは、その生まれからプライドが高かったり、それまでの苦労などから後に引けなかったりと、色々な意味でとげとげしい雰囲気を纏っていた。
その中を、興味があったとは言え、他の様な確たる覚悟もなく、入学できればと軽い気持ちで足を運んだフラッドは、周囲の雰囲気に呑まれ、嫌に汗をかいていた。
(なんでこんなに空気がピリピリしてやがんだよ。
高校受験でもこんなにピリピリしてねぇぞ!)
「なんだか周りの人たち、すごいピリピリしてるね?
この中で上位に入らなきゃだから、すごく緊張してきちゃったよ」
フラッドと同様に周囲のピリピリとした雰囲気に緊張を覚えたポーラは緊張により汗ばんだ手を裾で拭うと、それを紛らわすために、傍にあったフラッドの手を強く握る。
「うおっ!?」
同じく緊張に手に汗握っていたフラッドは、急に手を握られたことに驚き、反射的に体が跳ねる。
その時、空いていた反対の手が横を歩いていた者に当たったのだが、それが小さな事件の発端となった。
「・・・ポーラ、いきなり手を握るのは止めてくれよ。
ビックリしただろ」
「ごめん、いつもは何ともないからつい」
「まぁ、俺が緊張してたのもあるから、そこまで気にしなくてもいいよ」
手を握ったことについて二人が話していると、横から怒気を孕んだ声が届く。
「おい、貴様。
私に何か言うことがあるんじゃないか?」
そう言って声を掛けてきた者は、眉間に皺を寄せ、汚物を見るような目でフラッドを睨んでいた。
「え?え~と、その・・・」
「なんだ?解らないのか?
これだから庶民は。
私は優しいからな、頭の悪いお前にも解るように説明してやろう。
お前は庶民の出でありながら、伯爵家の嫡男であるこの私、アルゲン・ルーズベルトにその汚い手を当てておきながら、即座に謝罪をしなかった。
本来なら、不敬罪で今すぐにでも処したいところだが…連れの女、なかなかに綺麗じゃないか!
・・・そうだな、お前が私の妾になるならコイツを許してやっても構わない。
まぁ許すと言っても最低限土下座はしてもらうがな!」
(こいつ、典型的な悪役ポジの貴族ボンボンだ!
ったく、見た目はイケメン爽やか少年なのにやってることが、物語で出てくるクソ貴族だからな。
それにこの年で妾云々とか、マセ過ぎだろ!
あまつさえ、ポーラを寄越せだと?話聞いてるだけでイライラもんなのにこんなん言われたら、ぶちのめしたくなるが、ここはまぁ――)
「その、申し訳ありません。何分田舎から出てきたもので。
まさか貴方があの名高いルーズベルト伯爵家の嫡男であらせるアルゲン様だったとは。
ここは如何かこの田舎者に寛大なご慈悲を賜りたく…」
「お前の話など聞いていない!
女!どうするんだ?この男とは親密な仲なのだろ?
こいつの事を思うのであれば、な?解っているだろ?」
(コイツ、俺が丹精込めて考えた、THEそれっぽい謝罪をガン無視しやがって!
絶対ポーラとの色々しか考えてねぇだろ!
特にその貌!どんだけ下卑た顔してんだよ!
そのイケメンが台無しだぞ!周りの子女もドン引きしてんぞ!
少なくともティアに聞いた限り、当主ならともかく嫡男に手がふれた程度で不敬罪になることはないって話だしよ。
根本から間違ってんだよな~)
「わたしは、フラッド以外と――」
意を決した様相で何事かを言い放とうとしたポーラの声に被せるように後ろから声がかかる。
「君、大の貴族が権力を翳して脅迫何て恥ずかしくないのかい?」
「なんだ貴様は!
私はルーズベルト伯爵家の嫡男であるアルゲン・ルーズベルトだぞ!
どこの馬の骨とも知れぬ貴様なんぞに指図される言われはない!
そもそも、そこの庶民が汚らしいその手で私に触れたことが問題なのだ。それをどう裁こうか私の自由だろう!」
「はぁ・・・君は何もわかっていないようだね。
君が理由にしている不敬罪だけど、当主ならともかく、その嫡男である君に、彼が手を触れたところでそれを不敬とすることは出来ないはずだよ?
それに、王令でこの学院に在籍する者やそれに関する者は一部の事態を除いて、身分は平等であるとしている」
(よくある、学生みな平等ってやつだな)
「それに関しては――」
「もちろん、これは在籍している者だけでなく受験生も当て嵌まる。
つまり、君は王令に背いていることになる。
裁かれるとするなら、そこの彼でなく君の方なんだよ。
今引くなら僕も彼等もこのことについては黙っているよ、だけど、まだ続けると言うならその後のことについては解っているね?」
「・・・ふんっ!そこのお前!
今回は私の勘違いだったから許すが、次この様なことがしかるべき罰を受けてもらうぞ。
私もこの後に試験を控えているからこれで失礼する。
まぁ、お前たち庶民とは二度と会うことは無いだろうがな!」
(完全に負け犬の遠吠えじゃねぇか!)
そう言って立ち去って行ったアルゲンを、内心で小ばかにしながら、今しがた助けてくれた人物へ向き直ると、フラッドはポーラ共々礼を述べる。
「え~と、助けていただきありがとうございます。」
「ありがとうございます!」
「いいんだ、気にしないでくれ。
ああいう、権力を笠に脅迫とかをしているのを見ると、同じ貴族として許せなくてね。
君たちも大事がなくて良かったよ。
君も咄嗟にすらすらとあんなことを述べるんだから凄いよ。
ただ、今回は相手が悪かったね、普通ならアレで気をよくして見逃してくれるけど、彼はもう彼女の事で頭が一杯だったみたいだからね。
今後はああいう手合いには法を当てて対処すると良いよ。
それと君、君の気持も解るけど、あのまま言ったらアレ以上に場が荒れることになるところだったから、もう少し言い方を気を付けたほうが良いよ。
もちろん受け入れろって言ってるわけじゃないからその点は履き違えないでね」
「「わかりました」」
「そ、その俺――僕の名前はフラッドと言うのですが、貴方のお名前を伺ってもよろしいですか?」
「僕の名前かい?僕はルーク・ペイルロードって言うんだ。
気軽にルークって呼んでくれて構わない。
それとフラッド、僕に対してそんなに畏まらなくていいよそういうのはあまり気にしないって言うより学院に来てまでそういう扱いを受けたくないからね」
「わかったよ」
「わ、わたしはポーラって言います!
ルークさんよろしくお願いします!」
「ポーラさんね。
ポーラさんも気軽にルークって呼び捨てにしてくれると嬉しいな」
「は、はい!」
「ハハッ!まだ少し硬いね?
それじゃ僕も試験があるから先に行ってるね。
二人も試験があるだろうし早めに会場に移動することをお勧めするよ。
入学式で会えること期待してるね」
「ルーク!改めてありがとう!」
「ありがとう!」
別の会場へと進むルークの背に二人が改めて感謝を述べると、ルークは振り返ることは無かったが二人へ手を振って答えるのだった。
ちょっとした事件を経験した二人だったが、ようやく指定された会場に到着すると覚悟を決めそれぞれの席へ向かう。
「フラッド、頑張らないとね!
この筆記と次の実技を上位で突破して特待生に成らないと!
そして、入学式で改めてルークにお礼を言わないとだね!」
(もしかして、ポーラ、ルークの奴に惚れちゃった?
俺の夢のハーレム計画が早くも瓦解の危機に陥っていないか?
落ち着け俺、まだそうと決まった訳じゃないんだ、このことについては、とりあえず特待生に成ってから考えよう)
「そうだね、ルークとはいい友達になれそうだから、その点でも頑張らないとだね」
深く頷き合うと、二人は席に着く。
席に着いてから10分ほどして、試験が始まるのだった。
試験を終えて一ヶ月ほど、プロデンス学院から郵便が届く。
届いた郵便の件名を見ると合否通知についてと記載がなされていた。
プロデンス学院の合否通知は張り出しではなく、受験者本人に郵送などを通じて通知される。その為、遠方から受験に来て居る者達は王都に宿を取りそこを指定場所としている。
それ以外の者達は基本自宅を指定地にしており、フラッドとポーラもそうしていた。
そして今回送付されてきた物が件の合否通知であった。
「父さん!母さん!結果が届いたよ!」
フラッドが声高に叫ぶと、一拍の間を置いて、ドタドタとした足音が近づいてくる。
「ついに来たのね!」
「ようやくか。フラッド早速確認しよう!」
フラッドは両親の催促とはやる気持ちに押され、その封を開けると、中から二枚の書類が出てくる。
一枚は入学試験の合否についてとなっており、もう一枚は引換書となっていた。
二枚目の引換書を見た時点で合格を確信したフラッドだったが、目標である特待生に成れているかを確認するために合否通知へと目を通す。
そこには『貴殿は当学院の入学試験を合格した』と言った文言の後に『その成績が優秀であるため特待生として迎える』と続いていた。
しばし呆然とそれを眺めていたフラッドだったが、その意味を頭がゆっくりと理解していくにつれ、表情は綻んで行き、最終的にはこれでもかと大きな歓喜の声を上げていた。
それと似た声が隣から聞こえてきたことでポーラも特待生となったことを察したフラッド達は、満面の笑みを浮かべ祝いの席の準備を始めた。
◇
そして時は現在まで戻り、支度を終えたフラッドは初日と言うことで一緒に来てくれたフラーナの用意した朝食を急いで済ますと、今後6年間世話になる寮室を背にポーラと共に学院へと駆け出すのだった。
二人の手には入学通知が握りしめられていた。
お読みいただきありがとうございます。
今回、当日中とはいえ投稿が遅くなったことお詫びいたします。
今後もこのような形になることが多々あるかとは思いますがどうかご理解のほどお願いいたします。
次回は9/15を予定しています。




