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同刻……
傭兵のドースは、ガロンが籠もっている部屋の前の廊下で、椅子に腰かけて腕を組んでいた。
先ほどから部屋の中で、何かが割れる物音や、ドタバタと動き回る音が聞こえていたが、どうせガロンがヒステリーでも起こしているのだろうと考えたこの傭兵は、藪をつついて魔物を出すような真似はせず、知らん顔を決め込んでいたのだ。
しかし、いったん静かになった室内から、今度はメリメリという、尋常でない物音が聞こえるにいたって、彼は仕方なく部屋のドアをノックしてみた。
コンコン…
しかし、返答はない。
「ったく何やってんだか」
ドースは傭兵である。
ガロンが、自分が逃げるために同僚のダインを見殺しにしたことは、むしろ雇い主として当然の事だと受けとめていた。
それよりも彼が気にしているのは、この街からどうやって脱出するかと、その前に、ガロンからいかに高く給金をふんだくるかであった。
コンコンコン…
「ガロンさん、入りますよ…」
仕方なさそうに扉を開けたドースの顔は、一瞬で凍りついた。
そこには、見るもおぞましい巨大な生物がおり、こちらを見下ろしていたのだ。
「なっ………」
それは、一見すると、異常に足の多い蜘蛛のようであった。
しかしよく見ると、真ん中で折れ曲がって地についている足先は、どう見ても人間の手のようであったし、床につかず、中空をもがくように動いている手も何本かある。
そして何よりドースの目を釘付けにしたのは、その蜘蛛のような生き物の胴体にあたる部分であった。
「ガ、ガロン……さん……」
無数の手の中心部に見え隠れする「それ」は、ドースが辛うじて自分の雇い主だと認識できるくらいに変容をとげていた。
全身の皮膚はただれて生々しい赤色となり、その開いた口からは、他の多くの手とは明らかに違う、先端が鋭く尖った緑色の太い触手が一本、口を引き裂かんばかりに生えていた。
また、胸の部分には横に亀裂が入っていて、その隙間から巨大な瞳がドースの方をじっと検分していた。
「ヒッ………」
ドースが逃げ出そうという思考に行きつくよりも早く、その魔物が彼に向けて、数本の腕を伸ばしてきた。
「くそっ!!」
さすがに現役の傭兵だけあって、ドースはとっさに剣を引き抜き、敵からの攻撃に身構える。
ガスッ
「うわぁぁぁ!!!」
しかし、彼の抵抗は一瞬で終わってしまった。
最初に伸びてきた手が、ドース愛用の剣を握りしめると、他の数本の手が四方から彼に組みつき、その身体をやすやすと持ち上げてしまったのだ!!




