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「あ〜あ、あと一週間で出発だなぁ」
隣の机でフリントが、温泉旅行の資料に目を通しながらぼやいている。
『夜夢』での飲み会から三日後、ブランは夜勤のため、『太陽の家』の事務室にいた。
夜間は二人体制の勤務のため、事務室はもとより、施設内にいる職員は、現在ブランとフリントだけである。
「なあなあ、ブラン」
フリントがこちらを向いて声をかけてくる。
「はい、何ですか?」
「お前さ、やっぱまだ今回の件は、納得してないわけ?」
「う〜ん」
「その顔は明らかに納得してないな。確かに最初は俺もどうかと思ったけど、メディナさんも来るわけだし、もう問題ないんじゃねぇの?」
「そうですねぇ…」
さすがにブランも、今さら施設長の元におもむいて、職員配置を変えてくれと訴えるつもりはなくなっていた。
もしかしたら、ツールースの提案は大当たりで、温泉行事は無事に成功し、利用者たちの評判も上々に終わるのかもしれない。
しかしブランとしては、その提案が「もめごとの多い元冒険者たちを、新人に押しつけて追い払う」という考えのもとになされている以上、到底心から受け入れる気にはなれなかったのだが。
「んで、アリッサさんの方はどうなのよ??」
「え…」
ブランは、先日の「シーツ噴水事件」以来、アリッサとは関わるタイミングを逃していた。
無論、彼が担当する入居者であり、折りにふれて顔を合わせてはいたのだが、温泉旅行へ向けての準備で、施設内がバタバタとしていたため、じっくりと腰をすえて話す機会がなかったのだ。
「多分、行かないってことはないと思いますが…」
「しっかし、リネン室の手前まで来てシーツぶちまけられたら相当ヘコむよな」
「それはホントに!!そもそも、今回の旅行計画だって、僕が決めたわけじゃないんですから。むしろー」
ブランが口をとがらせてアリッサへの不満を述べていると、不意に事務室のドアが開いた。
「おっ!!ちょうど二人ともいたね。夜勤ご苦労様」
部屋に入って来たのは、四十半ばくらい、コロッとした体型の中年女性だった。
黒い髪をうしろで簡単に束ね、さっぱりとした茶色の服とズボンの上から白いエプロンをしたその姿は、どこからみても専業主婦かあるいは下町の商店のおかみさんであった。
「メディナさん!!」
「どうしたんすか、こんな時間に??」
「なぁに、若者二人じゃ腹へらしてるかと思ってね。はい、これ差し入れ」
そう言うと、メディナと呼ばれたその女性はニッと笑い、手に持った紙袋を若者達の方に差し出した。




