2
ブランは、この春に就職したばかりの新米介護士であり、フリントと言えど、今年で四年目のブランに次ぐ若手の介護士である。
その二人で温泉旅行の一方を仕切るというのは、相当大変なことになるだろうというのが、容易に想像できた。
施設長の無謀な提案に、ブランとフリントは驚きのあまり顔を見合わせたが、他の職員達はあらかじめツールースから根回しがあったのか、何の反応もないまま資料に目をおとしながら、皆で軽くうなづくだけだった。
「…というわけで、皆さん協力して行事を成功させましょう。何か質問のある人は?」
気がつけば、会議はすでにツールースによって締めに入っていたため、ブランはあわてて手をあげた。
「ブラン君、君の言いたいことはよくわかってます。その前に私から質問してもいいですか?」
質問に質問で返され、先手をくじかれたブランは、やむなく手を下ろす。
「現在、『太陽の家』に入居している、元冒険者の方は何人ですか?」
「えっと…」
「三人です」
ブランが答えようとする間もなく、施設長が自問自答してしまう。
「これに元行商人のポッテヌさんを加えた四人がニーゲルンの里に行くグループとなります。
特に介助を必要としない入居者四人ならば、二人の介護士で充分すぎる程ではないですか?」
「はい…」
それは確かにその通りだったので、ブランは肯定するしかなかった。
現在『太陽の家』には、定員四十に対し三十九名が入居している。
さすがに旅行に出かけることの難しい、要介護度の高い入居者が十人ほど、留守番の職員二人と残り、
近場のアルラ温泉には二十五人近い入居者と六人の介護士という大所帯で向かうこととなる。
数字だけ見れば、確かにブラン達は贅沢な職員配置であるようにも思える。
「いやぁ、でもうちら若手二人じゃないっすか、さすがにちょっと不安っていうか…」
ツールースに追い込まれたブランを見かねたフリントが、短めの濃い茶色の髪をボリボリとかきながら、助け舟を出す。
本来ならば、フリント自身にも災厄が降りかかっているはずなのだが、このやや面長で目の細い若者は、物事を流れにまかせる傾向があり、ブランにとって、そこまで強力な味方というわけではなかった。
「フリント君、話は最後まで聞くものですよ。先ほど私が伝えた配置は、あくまで正社員についてですからね」
「え?」
「メディナさんにニーゲルンの里へ同行してもらいます。もちろん本人にも了解を得てますよ」
「ああ…」
それを聞いてフリントはホッとした表情になったが、ブランは今まで以上に複雑に顔をしかめた。
メディナは、『太陽の家』に勤めるパート介護士であり、いかにも「肝っ玉母さん」といった風貌の中年の女性だ。
彼女は、結婚までの五年間『太陽の家』で正社員として働き、育児が一段落すると同時にパート介護士として復帰し、すでに十年、合わせて十五年のキャリアを持つベテラン介護士である。
当然パートとはいえ、新卒の正職介護士などより何十倍も仕事をこなせる貴重な人材なのである。
「ブラン君。これでもまだ、この人員配置に不満がありますか?」
「…………いえ」
これは、完全にツールースの作戦勝ちであるといえた。
本来であれば、温泉ごとの職員配置を発表する際に、パート介護士の同行についても話しておくのが道理である。
しかし、あえてそのことは伏せ、若手二人から不満が出た上で、切り札としてメディナ介護士を出すことで、それ以上の反論を封殺したのだ。
「それでは、今日はここまでということで。さ、仕事に戻りましょう」
ツールースの余裕しゃくしゃくの言葉がうなだれるブランの上を通り過ぎていった。




