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ブランは、馬車の窓を開けて進行方向をのぞき見た。
前方には低い山々が広がり、街道はその山の間を縫うように続いている。
「ニーゲルンの里は、低山地に囲まれた盆地なのです」
旅慣れた老人達にというよりは、むしろ物珍しげに外を見ているブラン、フリント、メディナら引率者に向けて、ネルガが解説をはじめる。
「そもそも、三百年前までニーゲルンは、ありふれた寒村だったそうです。それが、ある事件をきっかけに温泉郷へ姿を変えたと言われてます」
「ある事件?」
フリントが、興味深けに問い返す。
ネルガはいくぶん得意げな様子で、たっぷりと間をとってそれに答えようとする。
「ええ、それはー」
「ロジ・マジとヴィシュメイガの戦い」
ネルガの言葉を遮り、あたりに朗々とした声が響く。フェルナンドだ。
「よ、よくご存じですね。さすがは高名な吟遊詩人」
いいとこどりをされたネルガは、引きつった笑みを浮かべてフェルナンドの方を見る。
ポロロン…
フェルナンドは、それに応える代わりに目を閉じたまま竪琴の弦を爪弾いた。
「では、あらためてその『ロジ・マジとヴィシュメイガの戦い』について話させていただきますね」
気を取り直したネルガは、ニーゲルンに伝わる三百年前の事件について話し始めた。
馬車の両側の景色はどちらも切り立った崖となっている。
ここを抜けるといよいよ温泉郷なのだろう。
はるか昔、ニーゲルンは、本当にさびれた、これといった特産品もないただの村だった。
村人たちは、実りの少ない畑をたがやし、かろうじて日々の生計を立てていたそうだ。
その頃、北方を荒らしまわっている恐ろしい妖魔がいた。
『雪妖ヴィシュメイガ』
氷でできた女性の彫刻のような姿のその妖魔は、恐るべき魔力で氷狼たちを従え、北方各地の村を次々と氷漬けにしていったという。
「そして、ニーゲルンもそんなヴィシュメイガの気まぐれによって狙われた村のひとつだったのです。貧しい村人達には雪妖にあらがうすべなど何もない。しかし、幸運なことに、そのとき村に一人の男が滞在していた…」
口を挟まれることを恐れたネルガは、今度は間をとらずにそのまま言葉を継いだ。
「それが『温泉魔導師ロジ・マジ』なのです」




