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「皆さま!!準備ができましたので、どうぞ馬車の方へお移りくださいませ」
そのとき玄関の扉が開き、フリントと共に茶色い簡素な礼服の男が中へと入って来た。首からは真っ赤なループタイが下がっている。
年は三十すぎだろうか、黒い髪をぴったりと固め、黒縁のメガネをしたその男の手には「モラリス社」と書かれたロゴ入りの三角旗が握られていた。
「おい、小僧」
ガンダルガが、ブランの側に寄って来てうさんくさそうに質問する。
「あの男は一体誰なんじゃ??」
「ああ、ツアーコンダクターのネルガさんです」
「つあ?混濁?……なんじゃそりゃ??」
ガンダルガは、子どもが浮かべるようなしかめっ面になった。
「ああ、ええと…『モラリス社』っていう旅行会社から派遣された、観光案内人ですよ」
「モラリス社」は、大陸各地に店舗を構える大手の旅行会社で、様々な指向のツアーを主催したり、旅行者への案内人の派遣や治安情報の提供なども行っている。
温泉旅行の出発3日前になって、旅先でもめ事を起こされる事を恐れた施設長ツールースにより、急遽雇われたのがネルガというわけだ。
「案内人じゃと??」
老戦士の目は、今度はメガネの案内人の方へジロリと向けられた。
「わしらに案内人をつけるとは、ずいぶんなめられたもんじゃな」
元冒険者のガンダルガにとって、旅行に案内人など不要、という思いがあるようだ。
「ほらでも、ツアコンの方が長けているのは、あくまで観光についてですから。ガンダルガさん達とはまた、ジャンルが違いますよ」
「そうかのう…」
ブランがなだめたものの、ガンダルガは納得しがたい様子のまま、いかにも不服げに玄関の方にのしのしと歩いていってしまった。
「珍しいこともあるもんだ」
「え?」
「あのじじいとあたしが同じ意見とはね」
「もう、アリッサさんまで!!頼むからネルガさんともめ事を起こしたりしないでくださいよ」
アリッサの背中を追いながらブランは、またひとつ旅の不安要素が増えたな、とひそかにため息をついたのだった。




