10
「冗談じゃない。あたしは、お役所仕事なんざまっぴらごめんだね」
アリッサは、とりつく島もないといった様子で、うるさそうに手を振っている。
偏屈な人間が多い魔術師たちにとって「公務員」などという職種は、まったくもって相性が悪いのは確かである。これがもし、どこぞの王室の宮廷魔道士などであれば、また話は変わって来るのだろうが。
とはいえ魔術師達の中でも、偏屈度で言えばトップクラスであるアリッサについて言えば、王宮だろうが議会だろうが、彼女が誰かの下に仕えるなどということは、およそ想像がつかなかった。
「さ、用がないならお引き取り願おうか」
「ちょっ!!アリッサさん。もう少し言い方ってものが…」
アリッサは、この来訪者二人を嫌っているわけではない様だが、持ち込んで来た案件については、一分たりとも聞いていたくないという態度を全身で示していた。
「わかりました。それでは、また後日お伺いしますね」
「いつ来ても答えは変わらないよ」
アリッサの邪険な態度にも、全くこたえる様子を見せず、レイモンドは二人に一礼すると、ハートストンを伴い居室をあとにした。
「レイモンドさん。もう、すっかり元気になったんですね」
かつては、時を止められた、さながら彫像の状態しか知らなかった人物が、今、目の前で、いたって普通に動き、話すのを見たブランは、感慨深いため息をついた。
「ふん」
ブランの感想に対しては、鼻をならしただけのアリッサであったが、今度は、ブランの方にじろりと目をやると、鷹揚に口を開いた。
「それでブラン。あんたは何の用なんだい」
「あっ、それは…」
一瞬口ごもったブランだったが、すぐに本来の目的を思い出し、改めてアリッサの方に向き直った。
「アリッサさん」
「なんだい改まって、気持ち悪いねぇ」
「温泉旅行の事で、アリッサさんのドロシーさんへの気持ちに気づけず、自分の考えばかり押しつけてしまって、本当にすみませんでした!!」
ひねりも何もない、直球で申し訳なかったという気持ちを伝えたブランであった。
アリッサは、眉間にシワを寄せ、いくぶん困ったような顔になった。
「これから施設長のところへ行って、なんとかお二人が同じグループになれるよう頼んでみます!!」
「ちょっと待ちな」
今にも部屋から飛び出して、ツールースに直談判に行ってしまいそうなブランを、アリッサが呼び止める。
「今さら余計なことするんじゃないよ。あたしはニーゲルンに行くよ」
「いや、でも…」
「つべこべ言うんじゃない!!もう決めたことなんだから、今さら口を挟まれる筋合いはないねぇ」
字面だけ見れば辛辣なようであるが、ブランは、アリッサの言葉の中に、いつも通りの皮肉と親しみ親しみが込められているのを感じ、胸につまるものを感じていた。
『温泉か』
「うわぁ!!」
いきなり、部屋の机の上に置かれたドクロがしゃべり始めたため、すでに慣れっこのはずだったブランも思わず悲鳴を上げてしまった。
「もう、ブンさん。急に話しかけないでくださいよ」
『すまんな』
そのドクロは、目をチカチカと光らせながら、心の声で話しかけてくる。
ブンさんことブン・ラッハは、先の闇魔術師レイロックとの戦いに参戦した、南方の呪術師である。
レイロックの罠により肉体を失ったが、魂を移す術法により、自らが首から下げていたしゃれこうべの首飾りに宿ることとなったのだ。
現在は、『魂の管理者』に指名したアリッサに、南方の故郷へ送ってもらうのを待ちながら、彼女の居室のインテリアとなっている毎日だ。
『俺も、温泉、行けるか?』
「ええ……問題ないと思いますよ。ただ…」
『わかってる。無駄口、きかない』
ブン・ラッハの存在は、当然『太陽の家』の他の職員たちには秘密となっている。
「しゃべるドクロ」などという不気味な代物の存在が、ツールース施設長の耳に入れば、「施設の評判を下げる」という理由で、すぐにゴミ捨て場行きとなってしまうであろう。
「そうだねえ。確かにブン・ラッハは必要だ。是非とも連れて行きたいねぇ」
「え?」
アリッサの言葉をブランが聞きとがめると、彼女はニッと不敵な笑みを浮かべ
「なあに、魔法使いの勘だよ」
と意味深な発言をしてのけた。
ブランの背中に一瞬不吉な予感が走った。




