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「ええっ!?ちょっと待ってくださいよ!!」
ブランは思わず大きな声を上げざま、椅子から勢いよく立ち上がっていた。
「ブラン君、まだ説明の途中ですよ。席についてください」
くわせ者の施設長、ツールースが眉間にシワを寄せて注意をしたが、ブランは不満気な顔のまま、席につく様子を見せない。
「おいブラン、今はまずいって。とりあえず会議終わってから話そうぜ」
隣に座った先輩介護士のフリントが、ブランの袖を引き、小声で話しかける。
彼の言うとおり、今は老人ケア施設『太陽の家』の月1の職員会議の真っ最中であり、会議室のロの字型に並んだ机のまわりには、ずらりと職員達が並んでいた。
『太陽の家』には、施設長のツールースの他にブランやフリントら介護職員が7人、栄養士と事務員が1人ずつおり、計10人の常勤職員が働いている。
他にもパートの介護士や調理師、警備員などがいるが、職員会議に出席するのは、常勤職員だけである。
会議では、主に来月のシフトや行事予定の確認、入退所する利用者の日程や段取りなどについての話し合いが行われるのだ。
ちなみに、個々の入居者の細かな支援については、また別に「ケース会議」というものが必要に応じて開かれたりもする。
「ほら、ブラン!!」
再びフリントに促されて、ようやくブランは席についた。
「さて、それでは引き続き、来月の温泉旅行について、起案づくりの担当を決めたいと思います。まず―」
気まずくなった室内の空気を振り払うかのように、進行役の介護士が、話を先へと進めていく。
今日の職員会議のメインテーマは、『太陽の家』における年間行事の中でも最もビックイベントとされている「温泉旅行」についての詳細決めである。
当然、「旅行」というだけあって、大勢の利用者を連れて遠出をするわけで、施設内で行う「納涼会」や「月見の会」のような行事に比べても引率する職員の負担や緊張感は格段に大きくなる。
ましてや、『太陽の家』唯一の泊りがけの行事であることがビックイベントとされている所以である。
例年であれば、要介護度の高いものや体調の悪い者は居残りとなり、他の利用者全員で近隣の湯治場へ行くという形がとられていたのだが、先ほどツールース施設長が提案したのは、それとは別のやり方であった。
「今年度は、旅行の行き先を二カ所に分けたいと思います」
つまり、体力や健康状態に応じて、近場と遠方、二カ所の温泉に利用者を振り分けるというやり方である。
ここまでは、ブランとて何の異存もなかった。
「今の所考えているのは、アルラ温泉とニーゲルンの里です」
「アルラ温泉」とは、フィン国内にある近場の温泉で、これまで『太陽の家』でも何回も利用している場所だ。
一方の「ニーゲルンの里」は、フィン共和国の北東にある国家、ロクス王国にある有名な温泉郷だ。
『太陽の家』のあるフィンの首都ヨルムから行って帰るとなると、少なくとも10日近い旅程となるのは確実だろう。
そして、その旅行へいく職員の配置がツールースの口から伝えられた時、ブランに衝撃が走ったのだ。
「ええ…ニーゲルンの里には、フリント君とブラン君の二人で、元冒険者の方々を連れて行っていただきたいと思います」




