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闇更に深く

第ニ章 闇更に深く

side志保

中学生になった時、茂とは別のクラスになった。話す事はめっきり減ったが、心の隅では何処か気にしていた。

最近私は親友である河野千尋と帰る機会が増えた。千尋は優しくて、どんな話でもにこにこ聞いてくれる。

そんなある日、千尋は私にこんな事を聞いてきた。

「志保って渡辺君の事どう思ってるの?」

この時期のみんなはなんでこう男女同士の事を好きとか、付き合うとか、そんな事をいうのだろう。私と茂はただ幼馴染で、ずっと兄弟のように接してきただけなのだ。しかも最近は話せていないし。

「まぁ…、最近喋れてないけど、なんとなく兄弟みたいな感じかな。」

「ふ〜ん、そうなんだ……」

千尋は少し残念そうな顔をしていた。そして千尋の家が近づいたので別れると、目の前に茂が立っていた。

茂は交差点をじっと見ている。その目線の先には、喘ぎながら立ち上がろうとしている人が居た。

「人が死のうとしているのを見るのって、どうしてこんなにも愉快なんだろうね…」

私は茂の周囲からあの本の禍々しい気を感じた。

「ちょっと、なんでそんな事を言うの?!助けてあげようとは思わないの!」

私は慌てて交差点の所へ向かおうとしたが、何故か茂に止められた。

「……させない、たとえ志保であってもこの本の『完成』は邪魔させない。」

茂の目は人間としての正気を失い、赤く見開いていた。

「茂…!」

私は何かの力に縛られたように跪き、茂のその目からしばらく離せなかった。

そして茂が立ち去ると、私は呆然すると同時に突然の異変に戸惑う事しか出来なかった。



side茂

ずっとその本を書き続けている。最初は鉛筆で書いていたが、お祖母ちゃんの万年筆を見つけてずっと使っている。

そんなある日、その本に自分が書いた覚えのない文章があった。しばらく考えていると、ふと圭ノ助さんに言われた事を思い出した。

「私は君の中に『居続ける』からね…」

…ひょっとして僕の中に圭ノ助の意思があって、それが本を書いているのだろうか、しかし、そこには僕の筆跡もある。

他人の日記を書くような、変な感じだった。僕という一人の人間の中に、僕と圭ノ助さんという二つの意思がある。

ただ、この想いは二人とも同じだ。

「「この本をなんとしてでも『完成』させる、それは誰であろうと決して邪魔させない。」」



side志保

二年生になっても、三年生になっても茂は私と一緒のクラスにはならなかった。中学校でも死ぬ人は居るはずなのでクラス数は二つか三つしか居ないのに、珍しい話だ。

茂に続いて仲が良い男子の岸辺君も茂の事を心配していた。

「あいつ、本当に大丈夫なんだろうか……。」

そしてまた無事に卒業し、私達は青波台にある青波高校に通う事になった。

千尋は相変わらず私と一緒だ。岸辺君の話によると、茂は考古学部に入ったらしいが、すぐに辞めてしまったようだ。

茂はあの本の事でずっと頭がいっぱいになっている。

私はもう止めなかった。無理に止めればますます悪化してしまうと思ったからだ。

茂の事は気にはなったが、私は千尋と過ごす日々が大切だった。だが、それすらも終わってしまった。


高校三年の秋の事だった。家に居ると突然電話がかかってきた。

「夜分遅くにすみません。河野と言います。」

それは会ったことが無い、千尋のお母さんだった。

「渡辺さん、実は………」

それは、千尋の死を告げる電話だった。あまりにもショックでその言葉を覚えていない。私は唐突に何処かへ落とされたような気がした。そして千尋にもう会えない、話も出来ないと思った途端、涙が出て、顔も心もぐちゃぐちゃになった。

謝って、お葬式の話をしてから電話を切った。

何故こんな時にそうなってしまったのだろう。それこそさっきまで元気で、「また明日ね、」と言ってくれたのに、千尋には永遠に明日は来ないのだろう。

泣き崩れる私の側にお母さんは来てくれた。そして、背中をそっとさすって、黙って寄り添ってくれた。

お母さんにもきっと同じような目にあった事があるのだろう。

翌日、早速学校で、千尋の追悼式があった。死出山では毎回まとめて執り行うのに、この青波台では一人のためにこんな豪勢なと思った。そこで聞いたのだが、千尋は、私と別れた後に死出山の南の交差点で車に轢かれて死んでしまったそうだ。

そして告別式にも行った。遺影の千尋は眩しい笑顔の一方で、私は暗く、重たい表情になっている。

私はこれからどう生きれば良いのだろう。全てを失った訳でもないのに、何か無いような、忘れている様な気がする。

それで真っ先に思い出したのが茂だった。茂は今の何処に居るんだろう、何を考えているのだろう。そう思う度に胸が苦しくなる。岸辺君にも、他の男子達にも感じなかった事だった。


side茂

白紙のページが後どれくらいだとは数えなかった。なんとしてでもこの本を完成させる。それだけに集中していた。高校になっても、大学になっても暇な時はずっと本を書くような生活だった。私の中の圭ノ助は、眠ったり、気が朦朧としている時に現れ、続きを書いた。

死出山は調べれば調べる程に様々な物語が出てくる。

物語を書く事を仕事にしたいと思ったのはその時だった。

そこで、ある一篇の小説を書いて封筒に送った。それを何回もしていくうちに、私はある所に目をつけられ、小説家になったのだ。


side志保

T県の大学に通う事になった私は、新しい友達である関広美と過ごしていた。ずっとT県に一人暮らしで、茂に関しては何も音沙汰が無かったが、きっと元気に過ごしているのだろう。

そんなある日、岸辺君に誘われて、青波台に集まって飲みに行く事になった。

居酒屋に着くと、かつてのクラスメイトが集まっていた。高校に上がってからみんなバラバラになっていたが、変わっていない。

「みんな、久し振り。」

「おっ、立脇じゃねぇの」

酒井君が私を席に付かすと、ビールのジョッキがくばられた。

「それじゃあみんな乾杯!」

そして各々でビールを飲んだり、注文をしたりした。

「みんな、小中の同級生なんだよ」

「男性ばっかりなのに、志保ちゃん緊張しないの?」

「しないよ」

私の席にも注文した品が置かれた。

「最近調子はどう?」

岸辺君がこう言ってくる。

「まずまずだよ、」

「そっか…、最近考古学の教授に目をつけられてね、ずっと発掘とか調査について行ってる。」

「へぇ、そうなんだ。」

「岸辺さん、具体的にはどういった調査をするんですか?」

「山の中から発掘されたものの時代調査とか、地層に付いても調べるかな。」

「へぇ、そうなんですね。」

広美はそれからずっと岸辺君と親しそうに話をしている。

その時、村上君からこんな事を聞かれた。

「なぁ、立脇って付き合ってる人は居ないか?」

聞かれるだろうと一応身構えていたが、やっぱり来た。

私はからかわれないようにはっきりと、しかし、怒っていないような口調で言う。

「誰も居ないよ。」

「……そっか、」

その後ご飯かなんかに誘うつもりだったのだろうか、私にそう言われた村上君は落ち込んでいた。

その後も様々な人と話をしたが、ふと岸辺君がこんな本を取り出した。

「これ、最近見つけた本なんだけどね。」

それは暗闇の中に山が描かれた表紙で、タイトルは『死出山怪奇譚』、作者は『闇深太郎』と書かれている。

「『死出山』ってあの志手山?」

「僕達が住んでいた町の事件や事故をまとめてるらしいんだ。」

竹島君は震え出しだ。

「それって中々ハードな怪奇小説でしょ?俺、怖いもの見たさに買って結局読んでなかったな…」

「お前、相変わらず怖がりなのか?」

堀川君はそう言ってからかってくる。この二人は全然変わってない。

「この作家って何者なんだろう。これがデビュー作らしいんだけど。」

確かに、志手山は村と言っても過言ではない程の小さな町だ。それを題材にするなんて、珍しい。

私はその作家が妙に気になった。

飲み会が終わると、勘定を済まし、店の外に出た。

「それじゃあ、また今度ね」

私はみんなと別れ、広美と岸辺君と帰った。

「ねぇ、茂はどうしてるんだろ……」

岸辺君は首を振った。

「音沙汰はずっと無い。あいつとは仲良かったはずなのにな…。」

「そっか……。」

H県からT県に向かう電車に乗って、私達は帰った。



そしてしばらく経ったある日、久々にお母さんに会いに行った。志手山行きの電車に乗って何年か振りの故郷に帰って行く。

お母さんは元気だった。

「一人娘のあなたを県外に出すのは正直心配だったのよ。でも、なんとかやってるみたいね。」

私のお節介な所はお母さん譲りだ。電話なんてしょっちゅうだし、仕送りには毎回手紙が入っている。そんなお母さんが私は大好きだ。

「私は元気にしてるよ」

「…そう、良かったわ。」

その後、世間話をした後、私は茂について聞いてみる事にした。

「茂はどうしてるの?」

それを聞くと、お母さんは気難しそうな顔をした。

「さぁ…、絵理とはよく話をするんだけど…茂はずっと奥の部屋に籠もってて、何か書いてるみたいなの…。」

恐らく、小学校からかいている本の事だろうが、私は妙に気になった。

「また何かあったら教えるからね。」

そうお母さんは言うが、直接本人に会わないと落ち着かない。私は家を飛び出して、茂の家に向かった。

茂のお母さんは疲れた顔をしてたが、私を見ると笑顔になった。

「茂は何処に居るんですか?」

「さぁ……、最近この時間になると外に出てるの…。でも何処にいるかは分からない。」

「茂…、何処に居るの?!」

私の胸の中で茂に会いたいという思いが現れ、いつしかそれは風船のように膨れ上がっていった。そして、それが破裂し、私は夢中で町を走った。

日はもう沈みきったらしく、夜が顔を現した。

手掛かりも無い夜の中、私一人の人を探していた。町の何処を探しても居ないから、諦めて帰ろうとしたその時、目の前に誰か居た。

私はすぐにそれが誰か分かった。

「茂!茂だよね?!」

茂は深緑色の着物を着ていて、足には下駄を履いていた。前髪は相変わらず鼻の辺りまで伸びていて表情は見えないが、怒っているように見えた。

「もう帰ろう、お母さんが心配してたよ?」

私が手を伸ばすと、振り解かれた。

「もう子供じゃないから、それくらい良いだろう?」

茂はあたかも当然よように言った。

「でもっ、最近は茂はあまり話し掛けてくれないってお母さんずっと心配してたし、私も元気な茂を見てない気がするから…。」

伝えたい事が多くて言葉がぐちゃぐちゃになってしまった。

茂はしばらく黙っていたが、突然声を荒げた。

「志保には関係ないだろう?!」

私は驚きのあまり、言葉を失い、尻もちをついた。その証券でカバンから本が飛び出る。

それは、この前買った『闇深太郎』の本だった。

「それ……、私が書いた本だ。」

「えっ?!」

ひょっとして、茂が『闇深太郎』?ずっと昔から物語が好きだったし、あの本もずっと書いてるから作家になっても、おかしくはないだろう。だけど……、

「なんでそんな大事な事を教えてくれなかったの…?」

茂は何も答えない。その代わり、こんな事を言った。

「……またここで死亡事故があったってな…本の題材になりそうだ。」

そして私の方を見て、口を緩めた。その目は…、前見た時と同じように赤く光っていた。

茂はそのまま家とは別の方向に行ってしまった。何処に行ってしまったのだろう。ひょっとして、私が知らない闇の世界に行ってしまったのだろうか………。


side茂

何故志保はこうして私の事にいちいち構うのだろう。私はずっと本と圭ノ助の所に居る。

志保は今頃、誰かの側に居て、笑ってるのだろうか。その一方で私は途方も無い闇の底へ沈んでしまっている。

志保に私の気持ちは分からない。もちろん他の一人にも分からない。

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