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新聞屋さん  作者: 蜜柑
3/4

3話

 彼女と始めてあった次の日。いつものように仕事を終え、夕飯はどうしようかなど考えながら会社を出ると、彼女、栗原すみれが立っていた。


 改めて彼女を見ると、美人だなと思う。道行く人が振り返らずにはいられない、目を引く容姿だ。

 しかし、僕はそういう人達とは違う意味で、彼女に目を奪われてしまった。


「あ、新聞屋さん」


 僕の姿を見つけると、彼女はにこにこ笑いながら近づいてきた。

 「こんにちは」。何事もなかったかのように、彼女はそう言った。


「どうしたんですか!」


 ようやくでた言葉がこれだった。

 彼女がここにいたということにではなく、彼女の容姿に対してだ。


 昨日会った時にキレイなサラサラのロングヘアーだった髪に、ものすごいぐるぐるのパーマが当てられていたのだ。髪の長さが半分くらいになったのではないかと思うほど、すごいパーマだ。

 驚きのあまり、それ以上の声が出ない僕に、彼女は笑いながら言った。「どうせ死ぬのなら、いろんなスタイルを楽しんでみようかと思って」と。

 今までしてみたかったけれど、勇気がなくて出来なかったスタイルが山のようにあるのだと彼女は言った。確かに、こんなすごいパーマは、普通のOLをしていたらかけられないだろう。


 僕らはまた昨日のファミレスまで移動し、昨日とは違うメニューを頼んだ。

 他愛のない話をしながら、食事は進んだ。

 さすがにその髪型は似合わないことを告げると、彼女は苦笑いをし、明日には変えるわと言った。そこまでしなくてもと言ったが、やってみたいスタイルは山のようにあると言ったでしょ、と言ってのけた。


 次の日も、その次の日も、彼女は毎日スタイルを変え、僕の会社の前で待っていた。そして、毎日同じファミレスに行き、違うメニューを頼んだ。

 そういう時間の流れが、いつの間にか当たり前の日常になっていた。


「どうして、僕は毎日あなたとこうして食事をしているのでしょう」

「生存確認じゃないの?」

「はあ…」

「では、新聞屋さんはどうして毎日新しい提案をするの?」

「それは、あなたに生きる意味を見つけて欲しいからですよ」

「うふふ。私がここのメニューを食べつくすのと、あなたのネタが切れるのと、どっちが先かしらね」

「恐ろしいことを言わないでください」


 僕はペペロンチーノを、彼女はかつ重セットを食べていた。

 彼女は外人さながらの金髪になっていた。背中を軽く隠せる程の長さだった髪は、肩甲骨を隠すくらいまでに短くなっていた。次はピンク色にするのだと楽しそうに言う。金髪にしてからのほうがキレイなピンク色になるらしい。


 彼女は突然「最後は新聞屋さんの好きなスタイルにするわね」と言った。僕はサラサラのロングヘアーが好きだというと、彼女は苦笑いをして、じゃあ坊主にでもしようかしらというので、本気でやめて欲しいと告げた。彼女は、ただ楽しそうに笑っていた。


 僕は、毎日彼女に新しい提案をした。


 習い事をすること。

 全都道府県を巡ること。

 全世界を巡ること。

 好きな芸能人を追いかけること。

 ボランティアをすること。

 ゲームにのめりこんでみること。

 映画を見尽くすこと。


 どれもこれも、彼女のおめがねにはかなわなかった。

 当然だろう。僕自身、なんてバイタリティがないんだろうと思っていたのだから。自分が彼女の立場だったとしても、納得はしないだろうし、試してみようとも思わないだろう。説得力がないのだから。


 改めて僕は考えた。

 どうして生きているのだろう。どうして生きていくのだろう。

 そんなこと、考えたことはなかったし、考える必要もなかった。

 それは、僕自身が生きることに理由を必要としていなかったからだ。

 仕事は楽しいけれど、命をささげるほどのことではない。そして、今現在、この仕事を失ったからといって、死ぬほど辛いわけではない。きっと、僕は次の仕事を探すだろう。


 生きるために。


 なんて矛盾しているんだろう。

 僕だって彼女と一緒だ。生きる理由なんてない。

 では、どうして僕は彼女のように人生を終えようとは思わないのか。それは、理由がないからだ。

 生きることに理由はないけれど、死ぬ理由もない。

 途端に、僕は自分が臆病者のような気がしてきた。そして、情けない人間のような気がしてきた。


 僕が彼女に生きる理由を見つけて欲しいのは、他の誰でもない、自分のためだ。

 彼女が生きる理由を見つけた時、僕はいいようのない虚しさに襲われるかもしれない。取り残されたような気持ちになるかもしれない。

 けれど、僕と彼女は変わらない。僕は、彼女に生きる理由を提案しながら、僕自身もそれに便乗しようとしているのだから。


「気になって気になって仕方はないんだけれど、怖くて残りのメニューを数えることができません」

「じゃあ、代わりに私が…」

「数えなくていいです」


 またある日、彼女の髪の毛は、ピンク色になっていた。望みをかなえた彼女は、とても嬉しそうで、終始にこやかだ。

 徐々に短くなっていく彼女の髪は、肩につくかつかないかまでになっている。

 今は何かのアニメのキャラクターかと思うほど強いピンク色だけれど、これから徐々に色が落ちていくのだという。今の色もいいけれど、薄いピンク色もかわいいだろうなと、彼女はとても楽しみにしているらしい。とりあえず、自然にそうなるまで、彼女の命は続いていくということだ。

 髪が短くなれば短くなるほど、僕は焦りを覚える。髪の長さが、彼女の命の残りをリアルに訴えているような気がするからだ。



 タイムリミットは、彼女の髪の毛が全てなくなるまで。それは、彼女の心ひとつ。


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