わたしとお父さん
目が覚めた。と言っても、ぐっすり眠りこけていたわけではない。いつ敵が現れてもいいように、人の気配があれば気づくくらいの浅い眠りだ。
ここは私のねぐらだ。目一杯に体を伸ばしても壁が邪魔にならない程度には広さがある。
部屋の奥に山となって積まれているのは、私が長い年月をかけて蒐集した、大事なコレクションだ。王族ですら見たこともないような巨大な宝石。国が丸ごと買えそうなほどの黄金の芸術品。中には古代魔法王国で作られたと言われる、伝説の武具なんかもいくつかある。
欲しいか? そうか。だがやらんぞ?
私のねぐらはブルクレンドルフの町から、大きな山を三つも越えたところにある。この周りには多くの凶暴な怪物どもが住み着いているからな。稀代の大盗賊といえども、ここに忍び込むことは困難を極めるだろう。
なぜそんな不便なところに暮らしているのか、だと? 決まっているではないか。私が町の連中に対して悪事を働くからだ。あまり町の近くだと寝首をかかれるおそれがある。兵隊どもにな。もちろん、奴らが束になってかかってきても、軽く返り討ちにする自信はある。だがな、いちいち相手をするのは面倒だろう?
むう、そう言えば名乗っていなかったな。私の名はクラウゼン・ツァハリーアスという。なかなか良い名だと思わんか? まあ、好きに呼ぶがいい。
さて、このあとの予定だが、特にはない。予定はないが、行くあてはある。食事だ。たまには旨いものを食わんと、いざという時に力が出せんからな。月に何度かは町まで食いにいくことにしている。本音を言うと、毎日でも行きたいところだが、兵隊どもが鬱陶しいのでな。そのくらいで勘弁してやっているというわけだ。
では出かけるとしようか。いや、戸締まりなど必要ない。さっきも言ったが、このあたりに人が来ることは稀だ。たとえ来たとしても、巣が近くにあるオーガやワイバーンに食われて終わりだろう。
くっ、久方ぶりの日差しは、やはり目にくる。普段は暗くなってから外に出ることが多いからな。致し方あるまい。だが、陽のあるうちに行動するのが苦手というわけではないぞ? ただ、嫌いなだけだ。
うむ、しっかり掴まっておれ。振り落とされんようにな。ふっ、少し揺れるくらいは我慢しろ。これでも相当に抑えているのだぞ? 私はもう少し急ぎたいのだがな。ああ、そのとおりだ。寝起きに腹が減るのは、世の常だろう?
うん? どうした。いま遠くに見えたオーガが気になるのか? なあに、ヤツなら大丈夫だ。過去に、何度も痛い目に遭わせているからな。私に仇をなすようなことは、間違ってもせんよ。
怖いもの? いや、特にはないな。兵隊なんぞも怖いとは思わん。ただ面倒ではあるがな。――いやまて、極まれにだが、兵隊の中に、私に匹敵するほどの力を持つものが混じっていることがある。あれは勘弁してほしい。やられることはないだろうが、全くの無傷というわけにもいかん。痛いのは、あまり好きではない。
だいぶ町に近づいてきたな。もう一息といったところか。
ほう? そんな小さな目で、よくあれが見えたな。そうだ、確かにあれは隊商の一行だ。なんだと? いや、あれは襲わん。金目のものをあまり載せていないようだからな。私はそういうことには鼻が利く。間違いなくあれは、貧乏人の集まりだ。食料? いや、いまいちだな。こう見えて私はグルメなんだ。ここで食うより、町でごちそうを食ったほうがいいに決まっているだろう?
見ろ。言ったそばから町が見えてきたぞ? おそらく、向こうからも私が見えているはずだ。町の奴ら、大慌てしていることだろうよ。
――だが、もう遅い。おい、しっかり掴まっていろよ? 飛ばすからな。
ふん、こんな壁に、どれほどの意味があるというのか! 矢も、槍も、剣も、おまえたちの持つ力の全てが無意味だと知れい! ふはっ、いいぞ、逃げ惑え! その恐怖に歪んだ顔が、最上の調味料となるのだ!
くふうっ、たまらんなあ。日頃から旨いものを食っている人間の味は!
しかし、女の悲鳴というものは、いつ聞いても癇に障る。
私がドラゴンだということくらい、見ればわかるだろうが!