めがねっ娘の再誕
「上、下、右、下―」
視力検査に意味を見出せる者はいない。何故なら現代の視力検査とは、定期的に行われる視力の状況把握ではなく、単なる〝術後経過〟の様子見にしか過ぎないから。まぁ、術後といっても、市販されている〝アイリフレッシュ〟を一滴、目に浸透させるだけなのだが。
「ハイ、2・0です。次の人」
かつては医療行為として医師免許が必要とされた眼球施術。視力に問題を抱えた人々は保険証を手に、すがる気持ちで眼科へと足を運んだらしいが、あらゆる眼球障害が家庭医療の範囲で(もっといえばアイリフレッシュ一本で)解決出来るようになった今、人々の目元に対する反応は冷め切っていた。
「ねぇ、知ってる? 昔々、男の子も女の子も、眼鏡一つで変われた時代があったんだって」
「ふ~ん……てか〝眼鏡〟って何?」
眼鏡及びコンタクトレンズの製造、販売を生業とした企業は倒産し、街には失業者が溢れた。自らの職を奪ったアイリフレッシュを憎み、犯罪に走る者たちも相当数いた。だが、栄枯盛衰は世の常だと、いつしか諦めの雰囲気が怒りを上回った。それでも中には、無用の長物と化した眼鏡やコンタクトを大事に持っている者もいた。社会的には非・生産物でも、彼彼女らにとってはそこに思い出という名の付加価値があったからだ。
そして今、一人の少女が好奇心から母親の部屋へと忍び込み、化粧棚を物色していた。
抽斗を順に開けていく。上から二番目にソレはしまわれていた。黒いケース。中身を少女は知らない。恐る恐る開いてみる。ぽかっ、というややくぐもった音。中身は、赤で縁どられたコ形の枠(それは〝フレーム〟という)に、ガラス片が二つ(それは〝レンズ〟という)嵌め込まれている物。壊れているのだろうか? ガラス片の上だけが縁取られていない(それは〝アンダーリム〟タイプという)。
少女はソレを箱から取り出し、眼前まで持ち上げてみる。
(顔に当てるのかな?)
耳のカーブに沿ってくねった部分を(それは〝モダン〟)を滑らせ、棒部分(それは〝アーム〟)の中央(それは〝テンプル〟)が文字通りこめかみと触れ合ったその時に、グラスとグラスの間(それは〝ブリッジ〟)を薬指で抑え、クイッと上げてグラスと視線の高さを調整する。
(う~ん、クラクラする)
歪む視界の中で、それでも少女は捉えていた。
ソレを着用したことで、印象ががらりと変わった自分の様を。
(チョットかわいいかも)
めがねっ娘の逆襲が始まる。