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機関からの使者(2)

「お前も気づいていると思うが、巫女の襲撃は機関の保守派が魔女の魔物を買い取って故意に起こしたものだ。それほどまでに、巫女ありさは選神教にとって特別らしい。今から二週間前のことだ、選神教の僧正東条誠とうじょうまことが巫女を使った大規模な計画を実施し、機関に打撃を与えるつもりだ、という話が持ち上がった。初めは保守派の連中が流した根も葉もない噂だといわれていたが、これに便乗して選神教の力を削ろうと画策する連中が出てきたのが今回の依頼の発端なんだ」

 統制機構には様々な派閥が存在しているが、大きく見るとそれは二つに分かれる。

 現在の力関係――即ち、機関の魔術師を頂点、次いで選神教、はぐれ都市調などが代表的なその他の勢力、最後に無能力者達、という力関係を絶対的なものとし、これを保つことを信条とする保守派。

 新たな勢力との関係を良好にし、かつての日本のように、平等さや人権の概念を求め、国としての一体化こそが急務だと考える革新派。

 翠――つまり橘は革新派の代表的な勢力である。

 現状両者の力関係は保守派が上だ。

 理由は様々だが、夕が最も厄介だと思うのは魔術師の特権は認められるべきという考えが、選神教に限らず魔術師達の中に強い意識として残っていることだたった。魔術師がいなければ無能者は生きていくことはできない。それに、今の人間達が生きているのは、かつて混迷期において活躍した魔術師達の成果が大きいという事実もある。絶対的、とまではいかなくとも、ある種の特権は受けて然るべきと考える魔術師が多い以上、平等や人権を考える革新派に優秀であればあるほど魔術師は集まりにくい。

 害獣や過酷な環境にある現在において、力はそのまま組織の権力に繋がる所がある。力ある魔術師が保守派に集まるのは自然なことでもあるのだ。

「最初は、魔女が調教した害獣の内、比較的安価なものを買い取り、期を見て嗾け殺すつもりだったらしい。相手がただの巫女ならばCランク、それも魔女の調教済みとなれば十分に殺害が可能だと考えられていた」

 事故死に見せかけ選神教の勢力を削る、これくらいのことは今までも平然と行われていることだった。

「けど、蓋を開けてみればあっさり敗北したってか」

「そうだ。だから次は無所属の魔導師であり、魔術師ランク第十三位の夕、お前にお鉢が回ったのだ。財政的にそれほど余裕がないはぐれ都市の主を多額の報酬で釣れば、少女の一人や二人始末すると思ったのだろうな」

 翠はそう言うと、少しだけ意地悪く笑った。

「だが、奴等の考えは見当違いも甚だしい。抹殺対象であった少女を、どこかのお人好しは保護した挙句家族に迎え入れて、暢気に一家団欒としゃれ込んでいらっしゃる。裏では機関やら選神教やらが暗い陰謀を張り巡らしているというのにだ」

 ジト目で責めるようにこちらを見てくる翠の視線に、思わず夕は目を逸らす。普段は硬い表情で、少しも笑みを浮かべない彼女だが、話してみると実は感情表現豊かな女性であることが分かるだろう。

「ま、そう怒んないでよ、翠ちゃん――」

「翠ちゃん言うな!」

 毎回変わることのない翠の抗議をスルーしつつ、夕は続ける。

「――で、翠ちゃん、東条とやらは俺の可愛い妹を使ってなにをしようとしてるのかな。何分、機関はともかく選神教の知り合いはあんましいないんだよね。間諜もそれなりには放ってるけど、僧正クラスの情報となると情けないがまだまだうちじゃあ不十分な量しか集めれていない。まあ、東条については、表向きだけはまともそうだって聞いてるけど、実際どうなんだろうね」

 僧正、東条誠は選神教の中では比較的現実を見ている人間である。

 まあ、選神教の中ではと言うだけで、夕からすればまともな考え方とは思えない。現在の日本の人口はおよそ九百万弱、そのうち魔術師の人口は百万を下回る。仮に、選神教が聖別と称して魔術師だけの人間の社会を組み立てれば、たちまち人口減少による生産不足や労働力の欠如へと繋がることになる。

 なので、貴重な労働力である無能力者を単に滅ぼすのではなく有効的に利用し、魔術師のために役立てる、と言うのが僧正――つまり選神教の幹部、東条誠の考え方なのである。

 現在無能力者の働き口は単純労働が主だ。開発特区の外壁、及び居住区の確立、首都大阪に代表される大規模地下生産施設での食糧生産などが上げられる。仮にも十分な食事をもともとの食料自給率が低い日本で補えるのは、魔術による環境管理がなされた地下生産施設による所が大きいのだが、元を辿れば過酷な労働環境においても勤勉さを持って働く無能力者のおかげであるともいえる。

 無理な差別は国力の低下、並びに生活状況の悪化を生むことを東条は十分に理解しているのだ。だからこそ、表立って彼等を失ったり、大規模な殺戮――無能者狩りなどの社会問題には声を上げて批判をしている。

「少なくとも、まともではないだろうな――無能者は無償で魔術師に奉仕すべし、それが我々魔導師のおかげで命を得ている無能者の義務である――くらいのことは考えていそうだ。吐き気がする。ただ少し力があるだけで、どうして同じ言葉を解し、感情を伝え合うことができる人間をあそこまで違う生き物と区別できるのか私には理解できない」

 翠が吐き捨てるように言った。

「同感だ」

 それに夕も頷く。

「話がそれたな。東条の目的だが、今はまだ分からんとしか言い様がない――だが、少なくとも機関やその他の組織を直接的に害を与える気はないと思う。東条の性格からしても、そんな無駄に周囲を敵に回すようなことはしないだろう」

 機関のほうも、いや正確には翠もたいした情報はつかめていないらしい。

 いち早くありさの安全を確保したい夕は少し落胆する。

「だが、問題はそこではないだろう。お前が知りたいのは、ありさが何者かではないか?」

「……ああ」

 ある程度の予測はつく。

 記憶があやふやで、異常に魔術適正が高く、火の魔術を扱いに長けている。時折思い出すという記憶、日本では珍しい地毛の金髪。だが、どれも可能性を示すだけで、確かなことは何一つない。

 むしろ、ただの記憶喪失な少女という可能性のほうが大きい。

「彼女の出生には第三研究所が関わっている、可能性が高い」

 ――第三研究所……彼女は確かにそう言った――

「っ!!」 

 夕の頭に襲撃が走る。

 まるでに脳みそを鈍器で内側から叩かれたような激しい鈍痛。


――ずっと、一緒に居ようね、お兄ちゃん――


――愉快だ。これでまた新たな理を見出すことができた。よい実験だった――


――存在証明さ。ちっぽけな僕がここに生きていた証を刻み込む、そんなちっぽけな野望さ、君は笑うかい、夕――


――成功? いや失敗? ふむ、これは紛れもなく成功だ。彼らのおかげで後天的に魔術師を生み出すことは可能であると証明がなされた――


――下らない考えに貴方は縛られないでね夕。他人を思いやれる優しい子になってくれることを母さんは願ってるわ――


――我らはただ新たな智を求めるのみ。崩れた世界で唯一たる真理を求めるのみ。滅ぶも栄えるも我らにとってはただの些事。犠牲も破滅も全ては世界の意思――


――助けて夕、死にたくない……怖い……食べられたくない……死にたくないよぅ――



 数多の光景がフラッシュバックし、思考を奪う。

 失った。

 もう、失わないって決めたのに、また大切な人を失った。

 何も守れない、守れなかった。


(忘れろ! 思い出すな! 今は――そんな場合じゃない……)


「おい、夕! お前、大丈夫なのか!?」

 ぼんやりとした意識に翠の声が反響する。

 全身に嫌な汗をかきながらも、夕は少しずつ心を落ち着けていく。


「ぁ、ぁあ……もう大丈夫……」


「全然、全く大丈夫じゃないだろうが、大ばか者……」

 いつの間にか近づいていた翠が夕をそっと抱きしめた。

 頭に手を置かれ、撫でてくる。

 普段なら、恥かしさも勿論なこと、人に弱さを見せようとしない夕だが、今は人の温かさを感じる翠の手を振りほどく気にはどうしてもなれなかった。

「だから、言いたくはなかった……もうこれ以上、お前が苦労を抱え込み、辛い思いをする必要なんてない。だから、巫女ありさを……私は……」


(ああ、もう、ほんと良い人だな、翠ちゃんは……)

 情けないな。

 守るって、先に進むって決めたのに、少しやつ等のことを思い出しただけ打ちひしがれた自分の弱さに夕は自嘲の笑みを浮かべた。

「大丈夫……もう、誰も失わせない。そのための力で、そのための仲間だ」

 夕は恨みと怒り、覚悟を秘めた瞳で、未だその影を見せない敵に宣告を交わした。















 華やかな街――宗教都市と呼ばれるこの場は首都を除けば最も栄えているといえる場所だ。

 少し街の中心を覗けば、過分に散りばめられた贅の片鱗を味わうことができるだろう。昔ながらの和服に身を包んだ売り子が食事を運ぶ高級店、豊富に揃えられた食の恵み、そして何より魔術師によって制御される貴重な電力が街中をくまなく回り、文化的な生活を人々に供給している。

 歩く人々の顔には笑み、自身の幸福を微塵も疑う余地はない。

 この時間、この空間、この場だけはかつての栄華を取り戻している、そう思えるだろう。

 狂気に歪んだ街。

 この場に不幸は存在しない。徹底的に排斥され、除外され、立ち入る隙など存在してはならない。

 理想に塗り固められたこの場に、果たして現実は存在しているのだろうか。


「ふむ、捕獲には失敗したか……」


 和に染まった九畳半の広間にたった一つだけ置かれた座布団の上に、腰を落とす一人の男が声を零した。

 口元には深い笑み。

 それは偽りだった。感情を隠すためだけの偽り。


「困りますね~、困りますよ~、せっかくあれらを提供させて頂いたのに、肝心の実験が行われないなんて事になれば――」

 

「――それはない!」


「くふふ、それはそれは」


「創星計画は必ず実行する。これは決定事項であり、規定路線である」

 低い重低音が響き渡る。

 どこまでも直線的な声色は誰の指図も受けんとばかりな気概すら感じられる。


「くふふふ、ですが~、そう簡単にはいきそうにないですね~」


「…………」

  

「何なら、あれの回収は私目がやりましょうか~、貴方の抱えるぼんくら共じゃあ、うまくいきそうにないですし――子の面倒を見るのも親の務めですからね~」


「……ならば、あれの確保は任せる」


「ええ~、怖い化物に見つからないように、ひっそりと洗脳……おっと、先導するといたしましょう」




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