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巫女とメイド(2)

「それで、これは一体どういうことなのか、説明していただけますよね……」

 盛大にぶちまけられた食材と割れた皿、そして床にぺたんと座り小さくなっているありさ。それらを確認した調はため息を飲み込みながらありさに声をかけた。

「…………ごめんなさい……」

 ありさは一層小さくなりながら呟く。今にも消え入ってしまいそうな声だった。

 それに、今度こそ調はため息をこぼした。

「それは何に対しての謝罪でしょうか? 私はこの見るも無残な惨状の説明を求めているのです、ありささん……ま、大体察しはつきますが」


「あ、あの……その……兄様に……その……です」


「はい、いつも遅くに起きる主様に何か朝食を作ろうとして、意気揚々と準備を始めたのはいいものの、勢い任せで何一つ作れず、食材は無駄にぶちまける、お皿は割ってしまった、と」

 ありさの謎言語を解読した調が的確に状況を整理する。


「ふにぃ……にゃあ……にゅう……」

 今度は言葉にすらなっていないが、調は動じることがない。ここだけを見れば夕ですら完璧なメイドだと認めたかもしれないと思えるほど正確に、ありさの愛らしい鳴き声を言葉にした。

「はい、この屋敷では何もできないことを嘆いての行動だったんですね。何より主様の喜ぶ顔が見たかったのですね、そう思うといても立ってもいられなくなった、と」

 ありさが屋敷にきてはや三日が過ぎ去った。ありさは初日無能者である調を毛嫌いしていた。だが二日目で餌付けが完了し、胃袋を握られた後にはまるで姉に接するように甘えたり、憤ったりと感情をぶつけてくるようになった。さすがのありさも食い意地には勝てなかったらしい。幸運なことに夕の抱えていた不安など素知らぬ顔で、ありさは調と共同生活を送れていた。

 そしてありさの失敗は何もこれが初めてではない。二日目は掃除、三日目は夕へのマッサージで失敗を重ねていた。どれも好意からの行動であることは調も十分に理解できている。

「…………はい」

 ありさは調の言葉に頷くしかできない。

「先日も言いましたが、何も一人でする必要はありません。ありささんは霊山の巫女として魔術に特化した教育を受けてこられたことは私もちゃんと知っております。なので、普段の生活に必要な技能が足りていないことは何ら恥ではありません。だから、まずは私と一緒に覚えていきましょうと言いましたよね?」

「…………」

 調の詰問にありさは答えられない。

 沈黙を重ねるありさの心情さえも、調は表情と仕草、さらにはこれまで見て感じたありさの人格から容赦なく読み取ってみせる。

「主様に褒めて欲しかったのですね。貴方が――いえ、正確には貴方だけが、でしょうか」

 調はてきぱきと乱雑に散らかされた食材と食器を片付けていく。割れた皿を集めゴミに、散乱した食材は使えるものと使えそうにないものを分けていく。そんな作業をこなしながらも、調はありさに声をかけることを止めなかった。

「責めているわけではありません、人として当然の感情です。――ですが、主様に褒めて欲しいなら――主様のお役に立ちたいならまずは頭を使いなさい。貴方は一人ではまだ何もできません。ですが、できないなら学べばいい、分からないなら聞けばいい、未熟であることを自覚すれば自ずと取るべき行動は見えてきます」

 別に調は説教をしているわけではない。

 家事は調の領分であり、混ざりたいと思うならば努力をしろ、とそれだけを伝えているのだ。年端もいかない少女には少し厳しいかもしれないが、ありさが諦めるならそれはそれでいいと調は思っている。

 調には調のできることがあり、ありさにはありさのできることがある。

 調には魔術は使えないが、ありさは練習次第で料理も出来るようになるだろう。それは、調に対する絶対的なアドバンテージでもあるのだ。

 むしろ、焦っているのは調のほうかもしれない。

「…………」

「な~に、まだまだ始まったばかりです。ゆっくりとのんびり行きましょう、と主様は仰るでしょう。ですが、何時までもそのままでいるなら私は置いていきますよ。ただでさえ……」

 ――いえ、何でもないです。

 そう言って片付けを終えた調は朝食の準備を始める。

 それをありさは見守るしかできない。

 長年培われた調の手際の良さに入り込む隙はない、それがありさはぱっと見で分かってしまう。だから彼女は一人で行動をした。そうせざるを得なかった。

(でも、それじゃあ駄目……また……失敗した……)

 今のままでは先には進めない。

 でも、進み方を知らない。

(分かんない……ありさは……一人だもん……)

 思考に埋没するありさにパタリとドアの開く音が届いた。視線は自然と音のした方へと向かう。

 そこには二度寝といわず、三度寝を十分に堪能した夕がぼさぼさの寝癖をつけたままキッチンへと入ってきた。

「おはようございますです、主様」

「……おはよう、兄様」

 夕は未だに寝ぼけ眼のまま、ぼんやりとした意識を声のする方へと傾ける。

「おはよう……二人とも……仲良く二人で料理作りか、精が出るな」

(違う……ありさは……何にも……)

 即座にありさは否定しようとした。だが――

「はい、それに引き換え主様は随分と遅いお目覚めですね……少しはありささんを見習ったらどうですか、この駄目人間……」


「朝っぱらかきっつい罵倒ですね、調さん……」

「紅茶でも飲んで目を覚まして下さいませ、その間にご飯を仕上げておきます」

 いつの間にか紅茶を仕上げた調は夕の前に置いた後、今度は視線をありさに向ける。

「ぼさっとしてないで、さくっと焼いちゃいますよ、ホットケーキ! 手伝ってくれますよね、ありさ」

(分からない……なんで……)

 調はありさに近寄るとその手を取る。

 少しだけ背伸びをしてありさの耳に口を近づけると、そっと囁いた。

「二人で、と主様は言いました。それが理由じゃ駄目ですか? これはサービスしておきます」

 そう言って調は後は焼くだけになったホットケーキのタネをありさへと手渡した。

(分からない……でも……)

 ありさは俯いていた顔を少しだけ、ほんの少しだけ上げた。

「……よろしく、お願いします……」







 明かりの灯っていないくらい部屋。暗闇に浸る感情の渦が一層に深みを引き立てる。調について回ったものの、数々の失敗をまたしてしまったありさは一人ベットに飛び込んで、自分の枕に顔を埋めた。

 後にぐるんと勢いよく反転して、呆然と天上を見つめる。

 不意に小さな火が灯った。

 ありさの指先に、小さな炎。巫女の持つ膨大な魔力と演算領域、そのほんの一部を割いて思考の片手間に灯した炎だった。

「綺麗ですね」

 すっかりと耳慣れた声がありさに届く。

 ありさの部屋にお菓子とお茶を持った調がそっと足を踏み入れた。

魔術これしかありさにはできないから……でも……」

 テーブルにお菓子を並べる調。こうして二人で話すことも珍しいことではなくなっていた。調はなるべく時間を取ってありさと話をする機会を持とうとしていたのだ。今日は一日の労いといった所だろうか。

 一人になると、ありさはどこか暗くなる。

 深い思考の渦に埋没しているのか、それともなれない場所で孤独を感じているのか、調はある程度推測はできるが、ありさが抱える闇の本質を知ることはできない。

 だから、できることをやるのだ。対話は心を和ませる。ただ、話をするだけで、孤独を否定することになると、調は考えていた。

「でも?」

「兄様には通じなかった……兄様はありさより……ずっと、ずっとすごい……」

 調はそっと紅茶を口に含む。つられたようにありさもお菓子を手に取った。

「当然です、主様は私の主様ですから――でも、主様も私と同じ魔術師ではないただの人間だった、そう言えばありさは信じますか?」

 ありさの顔が驚愕に歪んだ。

 無理もない、魔術師としての才能は先天性だ。魔術師の才能はすべてその血と遺伝子に刻まれていると言われている。だからこそ選神教などと言う歪な教えが曲り通っているのだ。神に選ばれた者だけが魔術が使える、そんな考えが曲り通る。

 現実、九十九パーセント以上の魔術師は先天的に魔術が扱える。

 だけど何事にも例外が存在する。

 偶然に偶然が重なるとき、そして奇跡と奇跡が交わるとき、後天的に魔術が扱える人間が生まれることが確かにあるのだ。

 だけどありさはそんな奇跡を知らない。だから冗談はよしてくれと言わんばかりに首を振った。

「主様は――――――――夕君は多くのものを失って望まない力に目覚めたの。母を、妹を、自身の右手を、友達を、築いた街を、大切な恩人を、失って、失って、失って、失って、失って、そして残ったのがあの力」

 カップの中にある琥珀に投影した過去の景色を眺め、調は言葉を紡ぐ。

「あんまりだと私は嘆きました。悲しみました。無様に地に伏し嗚咽をこぼしました。立ち上がることをやめ、他人を批判し、誰かに重荷を押し付け、考えを捨て、ただ呪い続ける無様な姿をさらすしかできませんでした。だけど――――だけど夕君だけは違った――


(――俺は行くよ、調。そんで絶対見つけてきてやる! このくそったれな世界を変えてやろうって思ってる、そんなやつ等を必ず見つけて来てやる。そんで作る。何時かきっと、力を持たない誰かが泣きを見ることのない世界を築いてやる! 母さんも夜空も楓も椿も彼方もおっちゃんもおばちゃんも、勿論調も死ななくていい街をここに築いてみせる!!)


 ――得たもので、残ったものを守ろうとしました。残してくれたものを守ろうとしました。力と向き合って、助力を仰いで、できることを全てやって、そして守り抜いた後に、初めて彼は涙をこぼしました。そうやって得たのが今の夕君の力です。易々と誰かに砕かれたりしません」



 出会ったばかりの調にはそれだけを聞いても何のことか分からない。

 だけど一つだけ分かることが確かにあった。

「兄様は凄いのです……」

「ええ、とても」

 それはきっと残酷な思い出でだろう。それでもありさは思い出を共有する調が羨ましかった。

「ただの人間なのに――調もすごいです……私は何が何だか分からないままこの力を持ってました……」

 浮かぶ七つの焔。

 属性は炎、性質は光源。

 焔は燃えているはずにも拘らず熱量を持たないただの明かりとなっていた。

 魔法則は物理法則を越える。込められた意思が理を越える。

 酸素のない場所でさえ炎は灯る。熱量がないはずなのに音をたて燃えさかる。すべては調が組み上げた術式通りであり、込められた意思が性質となり魔力が注がれる限り永続する。

「持ってるだけの力じゃ何もできない……兄様も、調も、凄いです……ありさには何もない――だから分からないんです」

 調はそっとありさの瞳を見つめた。

「分からない?」

「――霊山の巫女は魔力素養の最も高い者が選ばれる。だから偶々選神教の運営する孤児院にぽつりといたありさが選ばれた――でも、それ以前の思い出が私にはない。いつの間にか孤児院にいて、またいつの間にか霊山にいて、そしてまた、いつの間にかここにいる。覚えているのに忘れていて、忘れているのに覚えてる。

 おかしい……ですよね? 自分のことなのに分からなくて、自分のことなのに他人事で、どうして自分がここにいるのか、どうして自分が生きているのか、ありさは分かんない……」

 ――どうして自分がこうなったのかも分からない。

 ありさはそう口にした。

「覚えていないのですか? 母親や父親、孤児院の人のことは?」

「…………」

 調の問いにありさは無言で首を振った。幼少期の記憶障害、それがありさを蝕む。齢十二の少女には自分にとって大切な思い出が何も存在しないことが不安で不安で仕方が無かった。

「それで、主様はなんと言ったのです?」


『「心配するな、たった十二年の思い出くらい生きていればすぐに埋まる……ちっぽけな空白くらい、幾らでも俺が埋めてやる。だからとりあえず一緒に来い、難しいことはその後に考えて、まったりと忘れれば良いんだよ」』


 ――だから考えた。


「考えて、考えて、考えて、思い浮かべて、思い出したのは微笑む女性。だれか分かんなくて、ありさに似てなくて、お母さんのように温かくて、お母さんだと思いたくて、でもやっぱり分かんなくて……」


 ――羨ましい。


「調はずるい……兄様と一緒にいて、兄様に認められて……兄様のことを知っていて……ありさだって兄様に褒めてほしい……兄様の大切になりたい!」

 ありさの頬に水滴が伝う。

 それを調は指で拭う。そしてありさに気づかれないように内心でため息をこぼした。

 涙を拭った指を今度は突き出して立てると、その小さなおでこを軽く小突いた。

「ふぇっ!」

「――――全く、あなたと言う人は――いいですか、ありささん、貴方はとっくに主様にとっての大切になっていますよ。勿論、私にとっても――」

 夕が調を連れ去って二日、生活を共にして三日。

 ありさと過ごす時間は十分すぎるほどあった。衣食住を共にして、取り留めのない会話をして、下らない事で喧嘩して、つまらないことで言い合いになって、些細なきっかけで仲直りして、ちょっとだけ他人よりも深い部分で関わって、同じ時間を共有した。

 これだって、立派な思い出だ。

 そうであるなら、きっと他の誰かよりも大切な存在として認識するのは当たり前だろう。


「……ほんとぅ?」


「はい」


「ほんとにほんと?」


「ほんとにほんとです」


「ほんとに、ほんとに、ほんとに、ほんと~に、ほんと?」

 乾いた涙の向こう側に残ったのは期待に満ちた確かな輝き。

「はい、嘘は言いません」

 安堵に満ちた笑顔に向けて、調は挑発的な笑みを返した。

「ですが、主様の特別は貴方には渡しませんよ(まだ、私のものでもありませんが)」


「ふにゅぅ……負けません」

 

「はい、私も負けません、それにしてもまだ主様に出会って五日でしょうに、どうしてそこまで……その、主様に惹かれているのですか、貴方は……」


「それは、だって……ありさに取って兄様は……初めての人だもん……」

 誤解を生むであろうありさの発言をものの見事に調は曲解した。

「ふぇええええええっ! じゃあ、もうありさは主様と……」

 ありさは頬を染め恥かしそうに続ける。

「抵抗したけど無理やり押し倒されて……真正面から屈服させられて……恥かしくなって……それでそれで泣きそうになったけど、優しくて……怖かったけど気持ちよくて……あったかかった……」


「なっ! なっ! なっ! ……ま、まさか……そんな、でも……」

 

「そんな「少し、主様の所に行ってきます!」……え? うん」

 調は戸惑うありさに背を向け夕の部屋へと向かった。

「ありさを初めてぎゅっとしてくれた大切な男の人――」

 誰もいない部屋でありさはそう呟いた。




 一方その頃別の一室では、

「待て! 待て! 調、何で鈍器を持っている。とりあえず釘のついたバットをしまえ!」

「年端もいかない少女に手を出すなど、見損ないました……」

「何だかよく分からんが絶対に誤解してる! 落ち着け、話し合おう、話せば分かる!」

「問答無用!!」

「いぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 憐れな男の悲鳴がしたとかしないとか。 




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