表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

第二話 非日常

A.E2000 8月26日

その日コロニー全域に衝撃が走った。政府の官僚も、会社の社員も、コロニーの作業員も、居住区の主婦も、教育区の学生も全ての人間がニュースを見た。

衝撃となったニュースのタイトルは『第二の地球発見』

科学者たちが事前に送った探査機械の調査結果は、『人が生きることが出来る環境』だった。星の大きさが地球の役2分の1、1日の進む速度がおよそ2倍、温度が少し低いことを除けば地球と80%の割合で近似していた。コロニーは歓喜の声に溢れた。地球を出発してから2000年。もう二度と大地を踏むことは無いだろうと思っていたヴォルテックスの国民は涙を流して喜びを分かち合った。そもそも、星の調査も半分諦めかけで投げやりにやっていた程度のレベルでしかなく、まさに奇跡と呼ぶほかなかった。


しかし、本格的な調査を始めたことによって驚愕の事実が浮かび上がった。人の存在が確認されたのだ。探査機械の集音装置によると、彼らの言葉は共通語として幅広く使われ、現在のヴォルテックスの公用語となっているメリシア語の特徴を持っていた。文明レベルも高く、ワークをさらに頑丈にしたようなロボットを所持しているようだった。


ヴォルテックス政府は驚愕と共にこれを地球との別離の時に、お互いに分かれることとなった宇宙船の一方と断定。コンタクトを図ることを決定し、調査船を送ることにした。調査船に乗っていた特使からの返答は『国名:オリーブス 話し合いの場を設けるとのこと』だった。


一方、オリーブス側から見たヴォルテックスはまさに侵略者のように見えた。1300年ほど前に運よくこの星へとたどり着くことのできたオリーブスはこの星に即座に入り、現在までの文明を築き上げていた。次第に宇宙を漂流していた時代を忘れてきたオリーブスの国民は、自分たち以外に人間が存在しているなど思いもしてはいなかった。地球にいたころの時代はもはや風化した絵本の話だったのだ。


過去の文献を読み漁り、自分たちと道を違えた人類がいることを知った彼らは交渉の場を設けることに決めた。しかし、彼らとしては限りあるこの星を彼らに譲るということはしたくは無かった。特に同じだけの武力をもつと見なしたヴォルテックスに対し、もしや彼らに星を取られるのではないかと思った時、星を亡くした記憶を思い出し、アレルギーのごとく恐れたのだ。そして、自分たちこそがこの星の住民であるという誇りが彼らを受け入れなかった。結果としてオリーブスはヴォルテックスを侵略者と、『敵』であると認めた。


受け入れられなかったヴォルテックスは、それでも諦めきれなかった。コロニーの生活は不便なこともたくさんあったのだ。常に身近に存在する死の空間の恐怖は、安らぎの土地があると分かった瞬間に大きく膨れ上がった。ヴォルテックスは侵略を決定。戦力を整え始めた。


そして、開戦ムードが高まり緊張の糸が張りつめた時、オリーブス側の愛国心の強い将校の一人が、お互いの意見をぶつけ合い喧々囂々とする会談の場において、ついに愛国の名のもとにヴォルテックス側の大使を射殺。


そして、オリーブスとヴォルテックスは一気に『星奪戦争』へと突入した。戦況は宇宙戦ではヴォルテックスが、地上戦ではオリーブスに軍配が上がった。常に宇宙にいたヴォルテックスは地上戦が、地上で暮らしていたオリーブスは宇宙戦が苦手になっていたのだ。


両者の主力は主に人型ロボットを用いた近接戦、または有害な物質が残らない爆発物に限られた。地球での過ちが繰り返されないよう『核』を用いたいかなるエネルギーの使用は厳禁と、戦争の協定として定めたのだ。


オリーブス側の戦闘補助用システム『OASis(Olives Armored Suites infallible system)』を搭載した軍用機、呼称『Oath.prototype』は出力に重点を置いた機械で、地上戦では戦場の花形だ。分厚い装甲と、この惑星で見つかったノヴァタイズ鉱石という熱を加えると爆発を起こす特殊なエネルギー源を利用した試作機で、継続的な出力には目を見張るものがある。その欠点としては、分厚い装甲ゆえに重量が重く、沼地や空中戦には適さないということがあげられる。


対して、ヴォルテックス側の主力機『VOS-C-01.Courageous』通称『コーレジアス』は機動性に一日の長がある機体特性を持っていた。蓄電したバッテリーを使用するこのロボットは出力こそ強大なものではなかったが、電動であるため瞬間的な出力に優れ、スムーズな動きや、急激な動作でも素早く対応することが出来た。特に空中戦での動きは目覚ましく、動作の鈍いオリーブス側は煮え湯を飲まされることになる。ただし、機動性に重きを置いたために装甲が弱く、強力な一撃を受けると大幅に戦闘力が落ちるという欠点もあった。


星奪戦争の初期こそ戦闘は空中から仕掛けるヴォルテックス側の優勢だったが、オリーブス側に必要に迫られた技術革新が起こり、勢力図を塗り替え始めた。1年がたつ頃にはヴォルテックス側は押し戻され、先頭宙域を宇宙に変更せざるを得なくなっていた。コロニーを近くの惑星の衛星軌道上に乗せたヴォルテックスは頭を抱えていた。


オリーブス側も必死なため、撃滅のための苛烈な攻撃がコロニー近くまで迫っていた。


そして、星奪戦争開始から1年と1ヶ月が経った A.E2001 9月25日 星奪戦争においても、トラン自身においても、まさに運命を変える出来事がおきる。


オリーブス側の機体がコロニーへと直接侵入を果たしたのだ。





15歳の誕生日を明日に控えたトランはうきうきとした気分で工業区の父と母のもとへと向かっていた。誕生日が授業のある月曜日と被ったため、一日早いが親にあってくることにしたのだ。両親は軍のためということで、泊まり込みで開発、研究を行っているのでトランがそちらへ向かうことになった。月曜日は学校が授業のために親と会うことは出来ないが、ローディやシンディ、そしてなによりティーチェがトランの誕生日パーティを催してくれるとのことだった。星奪戦争の状況はあまり好ましい状況とは言えず、お世辞にもいい雰囲気が漂っているとは言い難いが、トランの心の中は晴れ模様だった。


しかし、それは突然だった。


工業区全体に耳をつんざく大音量の警報が鳴り響いた。居住区にいた時の避難演習でも何度か聞いたことのある第一級の特殊警戒警報だ。それの意味するところは『敵のコロニーの侵入』。トランは青ざめた。


まさに最悪の事態だった。トランの両親は今や最優先事項となった最新ロボット開発プロジェクトのリーダーである。もっとも狙われる可能性が高かった。


トランが青い顔で工場のある方角へと視線を上げれば、オリーブスのマークの付いた機体が破壊用の斧を手に、ロボット工場を挟んだ向こうから飛来してきていた。親がそこにはいるのだ。冗談ではなかった。悲鳴と怒号を上げて逃げ惑う作業員や民間人の中でトランはしばし動けなかった。


「おい!坊主!お前何してんだ!逃げろ!奴らついにきやがった!こんなところにいたらお前も殺されるぞ!」


呆然とするトランの意識を戻したのは頬に油汚れをつけた作業員の一人だった。手を掴んで連れて行こうとする作業員の手を振りほどき、トランは工場のある方角へと走った。


「坊主!命を無駄にすんじゃねぇ!!戻るんだー!!」


後ろからは悲鳴や土豪に交じってさっきの作業員の大声が追いかけてきた。





トランが向上へとたどり着いたとき、工場の分厚く大きな壁は切り崩されていた。中では火災が起きているのか、警報機がなりっぱなしだ。関係者入り口用の小さな扉から恐る恐る中に入ると、受付の天井が崩れて埋まっていた。がれきの隙間からは血に濡れた人の腕が見えた。吐き気をこらえて通路を進むと、地下へと続く階段の入り口手前にがれきに半分ほど埋もれた人が見えた。トランの顔見知りだった。


「ローガンさん!大丈夫ですか!?今助けます!」


上に重なった瓦礫を必死にどけようとするトランにローガンと呼ばれた研究員が弱弱しく顔を上げた。


「あぁ…トラン君か…。そういえば君の両親が…嬉しそうに話していたよ…。誕生日の息子がくるんだってねぇ…」


「ローガンさん!しゃべっちゃだめですよ!吐血してるじゃないですか!」


しゃべりながらもどろりとした血液を口の端から流すローガンに、トランが焦った声を出す。


「ん…いや…もう無理なんだ…。どうやら…割れたパイプが腹の中を貫通しているようでね…。ごらんのありさまさ…。君の…両親は最下層にいるはず…。だけど…いっちゃだめだ…危険…すぎ…」


弱弱しい微笑みを浮かべていたローガンの頭がゆっくりと通路の床に落ちて行った。ごつっという鈍い音が、破壊音や警報で騒がしい中でやけに響いた。動かなくなったローガンの口からはどろりとした真っ赤な液体が流れた。傾いた通路を流れた液体は炎に煽られ、鉄くさい匂いが通路に漂った。


トランはその場で膝を突き、胃の中にあったものを吐き出した。口の中は酸っぱく、目じりからは涙があふれた。それでも立ち上がったトランは、地下への階段の入り口にたった。まるで現実味のない光景に半ばぼうっとしながら階段を下って行ったトランはいつしか最下層についていた。重そうな鉄製の扉は歪むことなく、鈍い光沢を返している。


ボタンを押すと、電気はまだ通っていたのか扉はすんなりと開いた。


中では真っ赤な警告用の回転灯に照らされながら多くの作業員が怒号を上げながら走り回っていた。そして、拡声器を手に怒鳴り声をあげる父親の姿を目にした。


「とうさーーーーん!!!」


トランは必死に声を上げ、尊敬する父親の下へと走って行った。


「馬鹿やろう!何で来たんだ!!避難警報出てただろうが!この馬鹿…!くそっ!お前が無事でよかった!」


しばし呆然としたトランの父親は拡声器を持ったまま怒鳴り、拡声器を投げ捨ててトランを抱きしめた。


「父さん、ローガンさんが!ローガンさんが!」


「こんな状態だ。分かってる。惜しい奴を亡くした…。あいつは頼れる部下だったんだ。悔しいよ…。でもな、トラン。ここは危ない。来ちゃいけないんだ。逃げろ!お前だけでも今すぐ!」


父親の声が終わると同時に、壁に大きな縦の裂け目が現れた。その向こうに除くのはオリーブスカラーの艶消しのダークグリーンだ。壁の向こうで再度破壊用の斧を振りかぶる姿見える。


「クソッ!なんてこった!もうきやがった!クソッ!こんなとこでトランを死なせてたまるか!愛する一人息子だぞ!ふざけんなッ!ついてこい!トラン!母さんのとこに行くぞ!」


現場を走りさるトランと父親に作業員から声がかかる。


「絶対に生きるんだよ」「俺にもお前ぐらいの息子がいるんだ、死なないでくれよ」「現場は俺たちに任せろ」「息子さん大事にしてやってください」「私たちの分まで生きてね」「親父さんかっこいいだろ、俺たちのリーダーなんだぜ」「最後の一仕事いっちょやりますか」「生きろよ」


絶望が壁の向こうで斧を振り上げる中、作業員たちや研究員たちの表情は妙に晴れやかな表情だった。ともすればそれは死を覚悟した戦士の笑顔だったのかもしれない。トラン達が隣の格納庫へと通じる通路へと走り込んだ直後。壁が引き裂かれた。


通路を走るトラン達は無言だった。父親を見上げれば、普段優しい表情を浮かべていた父親の顔は、幾筋もの涙でぬれていた。それだけで全てがトランに伝わった。


走り込んだ格納庫には大型の新型のロボットが鎮座していた。プロジェクト名『Tears of star』開発機体型番『VOS-ON-00』開発名称『マグニス』。動力源に感応石を用いた試作機だった。最大出力を測定するために特大サイズの感応石が組み込まれたマグニスは胸部にコックピット、その真下に感応石を設置した特殊な機体だった。感応石は人との相性が大きく、この特大の感応石は特に人を選ぶものであった。パイロット候補生だけでなく、軍属の正規パイロットも挑んだが、指をわずかに開閉させることが出来た程度で欠陥品とも呼ばれていた。しかし、感応石の未知の出力に対応すべく設計された機体剛性は凄まじく、動かすことが出来ればオリーブスの主力機も叩き潰せるほどの理論値をも持っていた。


とはいえ、現状で動かすことが出来ない欠陥品である。そのために格納庫の奥で研究用の素体となりつつあったが、先端技術の結晶であるこの機体が敵の手に落ちることは許されず、あるいは破壊を実行しなければならなかった。そのためにトランの母親は機能停止のためのプログラムを急遽作成することになったのだった。トランの母親は隣の格納庫から響く轟音を聞きながら、夫の安全を願いなら必死にプログラムを完成させようとしていた。


「ミーシャ!トランがきちまった!逃げ場がねぇ!ここにいても間違いなく死ぬ!マグニスに乗せるぞ!」


「ちょ、アラン!?それにトラン!?ど、どうしてここにいるのよッ!それにマグニスに乗せるってどういうこと!?動くわけないじゃない!」


「そんなことは百も承知だ!時間がねぇってんだろ!ここにいたって生き埋めになるだけだろうがッ!マグニスの機体剛性ならあるいは助かる可能性だってある!ここはもう一か八かにかけるしかないだろう!」


隣の格納庫からは何かが崩れる音や爆発する音が轟音となって響いてくる。もはや一刻の猶予もなかった。片膝をつく体勢のマグニスの背にあるコックピットを手動で開け、トランをその中に放り込んで着座させる。


「トランこの中から絶対に出てくるんじゃねぇぞ…。お前は心優しい子だ。もしかしたらマグニスもお前になら心を開いてくれるかもな。マニュアルはシート横にあるはずだ。もし動かせるようならそれを読むんだ。食べ物はくっそまずい軍用保存食がどっかに押し込まれているはずだ。あとは…お前は俺の自慢の息子だ。心は優しいし、勉強だって出来る、一度決めたら譲らない強い意志だってある。俺と母さんの自慢の息子だ。愛してる」


涙を浮かべながらニカッと爽やかな笑みを浮かべたトランの父親は、トランの頭をワシャワシャと乱暴になでると母親と入れ替わる形でハッチから離れて行った。


「あぁトラン。明日はあなたの誕生日だっていうのになんていうことかしら…。帰ったら美味しいステーキとサラダと柔らかなパンでお祝いしようと思っていたのに…。あぁトラン。私たちの愛しのトラン。神様がいらっしゃるのなら、この子をお助けください。この子だけはどうか…」


「ミーシャ!そろそろ限界だ。マグニスはハッチを開いて宇宙に投げる!別れを済ませろッ!」


工作部隊が侵入したのだろうか、トラン達が通ってきた通路の扉がガンガンと叩かれている。トランの父親が置いたつっかえ棒も限界がきそうだ。


「分かってるわよッ!じゃあね、トラン。これまでも、そしてこれからも、私たちはあなたのことを愛しているわ。さようなら、トラン。あなたに幸運がありますように…」


大粒の涙を零しながら、それでも必死に笑顔を作り、トランの頭をゆっくりと抱きしめ、そしてハッチから離れていった。父親が操作したのかハッチは即座に閉じられ、ロックが掛けられた。さきほどまでの轟音はきれいさっぱりと消え去り、コックピット内には静寂のみが残った。


「分からない…。こんなんじゃ何も分からないよ…!何も見えない!動け!動いてくれよ!外には父さんも!母さんだってまだいるんだ!!敵だって来てるんだ!頼むよ!動いてくれぇぇぇえええええええ!!!」


トランの叫びは様々な感情をないまぜにして作られたものだった。その叫びに答えたのか。そのときマグニスが起動した。まるで燃え上がるかのごとく赤い光を発し始めた感応石のエネルギーが、マグニスの四肢の隅々にまでエネルギーを行き渡らせる。そして180度の半円型のモニターに映像が映った。


格納庫から宇宙へと解き放たれたマグニスはゆっくりとハッチから出ていく最中だった。ガツンという音と共にどこかが引っかかったのかマグニスの体がゆっくりと回転する。そしてモニターに映ったのは、真空になったことで死んでしまった敵兵。そして、互いに抱き合ったまま白衣を血に染め上げたトランの両親だった。


「う、嘘だよね。ついさっきまで僕の頭乱暴になでてたじゃん…。抱きしめてくれたじゃん…。嘘だ…。嘘だろ…。こんなの…。嘘だ…。嘘だァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ