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第一話 平和とは

星の雫


ヴォルテックス宇宙コロニーでは基本的に15歳以前は就学を義務としている。

16歳以降は職につくことが義務となり、コロニーの発展に尽くすことが義務付けられていた。

宇宙線や、未知の有害物質も数多く存在する宇宙という厳しい環境の中、寿命も短くなった人間には無駄にできる時間などはない。


自然と15歳までの授業内容は、無駄を徹底的に省いて小学校で高校レベル、中学校で地球にいたころの大学レベルにまで達するものになっているほどだった。


子供たちは13歳の小学校卒業までの間に将来就く仕事を決め、中学以降はその道の専門分野を叩きこまれる。

この政策が決定された当初、住民たちからの反発は大きかったが、ヴォルテックス政府はこれを強行。

同時に採択された、0歳~5歳までの高度教育を掲げた『幼児育成プログラム』と、この『高度専門教育プログラム』は予想以上の成果を上げ、この教育を受ける世代は『新星世代』と呼ばれることになる。


ヴォルテックス宇宙コロニー居住区ザルツ市に住むトラン・ウィッシュは、今年で14になる中学生だった。


心優しいトランは植物に触れることが好きで、将来は農業区で働くことに決めている。

親は工業区のロボット開発事業のリーダーで、トランへ工業コースへと進むことを進めていたが、それを押し切り農業コースへと進み、今は教育区の寮で一人暮らしをしている。


そんなトランの一日は小さな観葉植物に水を与えることから始まる。地球にいたころであれば有り触れていた『土』も今では超高級品となり、ミニ観葉植物を育てる最低限度の量でさえ数十万近くする。

親から進学祝いとして贈られたそれを育てることがトランの趣味であり、娯楽だ。

それが終われば合成食料のベーコンと卵を焼いてハムエッグにし、パンを口に放り込んで身支度を整えて学校へと向かう。


学校の授業では現在の植物の効率的な栽培方法と収穫時期など植物に関する専門的な内容を学ぶ。

いまや、土を一切使わず、肥料が混ざった水と光だけで作らる方法はヴォルテックス内では一般的な手法で、土を使って育成する方法で作られた野菜には高額な値段がつけられる。

トランは授業態度も良く、成績が良かったので学年でも30人しか選ばれない特選クラスで、土を使った授業を受けることが出来ている。


今受けている授業では二人一組で観察と育成をすることになっていて、トランのパートナーはローディ・クール。

一見チャラそうに見えるイケメンだが、植物をこよなく愛し、時には彼女よりも植物の育成を優先してしまうほどの植物好きだ。

トランとは仲が良く、一緒に肥料を買いにいったりすることもある。



「おーい、トラーン。今日の放課後俺のローランちゃんの肥料を買いに行くんだけど、一緒にいかねー?」



「おっ、いいねー。僕もリーンの肥料少なくなってきたいたんだよね。一緒に行くよー」



ローランちゃんとはローディの彼女ではなく、ローディが育てている植物だ。

ローディの彼女があまり長続きしない理由の一つである。


一方リーンとはトランが育てている観葉植物で、ローディ曰く『張りが良く、元気ないい娘』だ。

ちなみにローディのローランちゃんは『色艶が良く、瑞々しく理想的な娘』を体現する植物とのことで、実際にトランもそれが綺麗に育てられた逸品だと感じている。



「んじゃ決定だな!今日の放課後は『日光の注ぐ丘』な。あとでティーチェちゃんにも声かけとくからさ、忘れんなよー」



にやにやと人の悪い笑みを浮かべながらいうローディ、一方でトランは顔を若干赤くしている。

ローディの言うティーチェとは、トランと同じクラスのティーチェ・アルバニアで、トランの片思いの相手である。

片思いの相手がくるということでトランの心は躍ると同時に、若干の緊張を抱いていた。





放課後、ローディからちょっとばかり遅れるとの連絡を受けたトランは、安い学生向けの喫茶店の中で何とは無しにTVに移るニュースに目を向けていた。


ニュースでは、最近新たに発見した資源惑星で発掘された『感応石』と呼ばれる、感情によってエネルギーが生まれる石の紹介をしていた。

ソーラーエネルギーほど安定したエネルギーの供給力もなく、エネルギーの発生には動物の感情がキーとなるということで、ニッチな需要がある程度だろうと紹介されていた。


他には地球に似た惑星を発見したが、人間にとっては強力な毒性のガスが充満していて断念したなどと、今までに何回繰り返されたか分からないほどトピックが流れていた。


人間は植物を育てるに適した星を見つけて大地に立つことができるんだろうかと、ぼうっと考えるトラン。

その目の前に一人の女の子が現れた。



「こんにちは、トラン君。集合時間にはまだちょっと早かったかな?」



「ティ、ティーチェちゃん!?どうしてここに!?」



トランの目の前に立っていたのは、ティーチェだった。いきなりの片思いの相手の登場に、トランはあたふたとしていた。



「あー、その反応ちょっと傷つくな~。どうしてってローディ君に私も来るって聞いてなかったのかな?お邪魔だったかな?」



「あ、いや、そんなこと全然ないよ!ちょっといきなりでビックリしちゃっただけだし!全然問題ないよ!あるはずないって!」



わたわたと必死になるトランを見て、クスクスと微笑むティーチェ。その後ろからヒョッコリと別の女の子が顔を出す。



「ちょっとトラーン。あんた慌て過ぎじゃなーい?」



「うわっ!シンディ!?」



ひょっこりと顔を出したのはシンディ・ロロラウン。トランと同じクラスの少女で、トランとは小学校以来の付き合いである。



「ちょっとぉ!?ティーチェと反応違い過ぎよ!普通に傷つくんだけど…」



「あはは、いやぁ。ローディから何も聞いてなかったし、まさか来るとは思ってなかったから…」



微妙に顔を引きつかせながら笑顔をつくるトランにじとーっとした視線を向けるシンディ。



「っま、いいわよ。あんたっていつもそんな感じだしね。それに学年のアイドルのティーチェと私じゃくらべものにならないものねー。胸もティーチェみたいに大きくないしね。このスケベー」



「えっ、トラン君そんな目で私を見てたの…」



「ちょっ!ちがっ!シンディー!」



シンディの言葉に乗って、胸を隠す仕草をしながらあからさまに残念そうな顔をするティーチェ。

そんな仕草もトランにとっては可愛い仕草だったが、トランは必死である。



「冗談よー」



「冗談ですよ?」



顔を見合わせながらくすくすと二人で笑いあう二人に、脱力するトラン。トランにとっては冗談と分かっていても焦るものだ。



「ふぅ…それで?シンディはどうしたのさ。ローディからは来るとかは本当に聞いてなかったんだけど」



「んー、放課後は特に用事も無かったしねー。ティーチェがローディから誘われてたからねー。私もその時一緒にいたから一緒にいくことにしたのよー」



気分で行動を決めるシンディってまるで猫のようだと思うトラン。



(ちなみに私も行くって言ったからティーチェも来るっていったのよ)



「そういえば二人とも喉乾いていないかな?何でも注文しなよ!」



ボソッと耳元でささやいたシンディ。

トランはニコニコ顔で二人へとメニュー表を渡した。

実に素直な男の子だった。


メニュー表を嬉々として受け取ったシンディは、飲み物とデザートをティーチェの分と合わせて二人分注文した。

ちなみにこの時点であまり多いとは言えないお小遣いがトランの財布から旅立つことが決まった。


届いた飲み物とデザートを頂きながら楽しく談笑していると、ようやくローディが喫茶店へと現れた。

入り口でキョロキョロとトラン達を探すローディに手を振って読んであげるトラン。

それに気づいたローディが3人の座るテーブル席へとたどり着いた。



「いやぁ~悪い悪い!後輩からま~た告られちゃってさー。相手泣かせないように振るって大変なんだよな~」



何気に成績もよく、イケメンのローディは校内でもモテるようで、たびたびこうやって相手に告られては振るという作業を繰り返していることがある。

彼女は今のところ別に必要ないとのことだ。

別に今急いで彼女なんて作らなくてもそんなのいつでも出来るだろうというのが彼の持論であった。



「あんたモテるもんねぇ~。軽薄そうなあんたのどこがいいのかしらね~」



「いやいや!シンディちゃんそれひどくね!俺めっちゃ一途だから!」



「ローディ君はお家でローランちゃんが家で待ってるもんね。愛妻家だよね~」



「そう!俺には今はローランちゃんがいる!だから彼女は今はいらんのだー!」



ローディの凄い所は彼が言うと、これが冗談に聞こえないところだ。

本人としては冗談のつもりで言ってるようだが、ローディの今までのことを考えると本気という気がしてくる。

末恐ろしい男である。



「まっ!冗談はさておき、そろそろお店の方に向かいますか!」



((あっ、冗談だったんだ))



二人の女性の心の声はローディへ聞こえることは無かった。





『日光の注ぐ丘』通称『ばーちゃん家』。

ここは商業区に住むお婆さん、シェーラ・ノバーツが一人で経営している個人店舗だ。


土自体は政府がほとんど管理しているのでここには無いが、植物に必要な質のいい肥料が揃えられており、お手入れに必要な道具が一式そろっている。

中でも一番の魅力が店主のお婆さんで、長年植物と共に過ごしてきたらしく、様々な植物の育成に精通しており、大抵の植物の悩みはここに来れば解決するのである。

ただ、不定休とのことで客足はあまり多いとは言えない。



「シェーラお婆さん久しぶりー!」



「おやおや、農業生のトラン君にローディ君、シンディちゃんとティーチェちゃんだね。よくきたね。ゆっくりしておいき」



目を細めて4人を歓迎したお婆さんは、店内のテラス席へと案内し、安いとは言えないであろう紅茶を慣れた手つきで淹れ、4人へ進める。

初めてお店にきた時は4人とも恐縮していたものだったが、今では好意に甘え、ゆっくりと香りを味わい、おいしくいただくことにしている。



「今日は肥料選びかねぇ。ローランちゃんとリーンちゃんの肥料がそろそろ切れてくる頃じゃなかったかい?」



このお婆さんの凄い所はなんといっても記憶力である。一度訪れた客はもちろんのこと、その人が育てている植物、肥料の買い足し時期などをしっかりとおぼえているのだ。



「そうなんだよー。ただ最近うちのローランちゃん微妙に元気がない気がするんだよー。原因が全然わからなくて困ってるんだよね。肥料でなんとかなりそうかな?」



「あぁ、そうだね。たしか1ヶ月ほど前にあまり植物にいい空気が循環器にながれちゃったらしいわねぇ。大きな影響があったわけじゃないから知られていないけど、それが原因かねぇ。今回は肥料の中に少し元気になるように天然物の栄養剤をちょっとだけ混ぜた方がいいねぇ」



「へぇ~。そんなことがあったなんて全然知らなかったなぁ。相変わらずばあちゃんは物知りだなぁ~。そういう情報ってどこから手に入れてんのさー」



「やだねぇ~。ただの年の功ってものさ。これだけ生きているとね、いろ~んなところから話がきけるのさ」



にこにことあまり多くは語らないが、謎の情報収集能力もこのおばあさんの凄い所の一つである。植物に関する話ならば、このお婆さんならまず知らないことはないだろうといえるほどだ。



「お婆ちゃん、僕のリーンのことなんだけどこの前もらった肥料が良いみたいで、すごく張りも瑞々しさもあって調子がよさそうなんだ。今回もあの肥料でいいかな?」



「あの肥料はちょっと栄養が少し多めだったからねぇ。栄養価が高いっていうのも負担になるからね、今回は別の物を与えてやった方がいいかね~」



ちなみにこのお婆さん、全ての商品の内容物、栄養価まで覚えているらしい。一部では植物の神様と呼ばれているらしい。



「そうそう、シンディちゃんとティーチェちゃんのはそろそろ管理する温度を下げた方がいいねぇ。このままでも十分だけど、そうすることで小ぶりで綺麗な葉がつくはずよ」



「なるほど。お婆ちゃんありがとうね!」



「ありがとうございます、シェーラお婆ちゃん。そうしてみますね」



「私程度の知識でよければ、いつでも相談に乗るよ。綺麗な植物にしてあげるんだよ」



一通り相談し、アドバイスをもらったトラン達は肥料についてあーでもないこーでもないと考えながら選び、それぞれに気に入ったものを買って店を出た。


見送りに店外までわざわざ出てきてくれたシェーラお婆さんに一礼したトラン達はそれぞれの帰り道につく。

ティーチェとシンディは女子寮へと、ローディは寄るところがあると言いどこかへと、トランは男子寮へと向かう。


上空へと視線を上げれば、大小さまざまな無数の星々が煌めいている。

しかし、そこは生身の人間が生きることはできない死の世界。

そんな所で、作業用の光に照らされる宇宙服を着た人間や、作業用に作られた人型ロボット『VOS-W-01.Ark』通称『ワーク』が動いている。


宇宙塵によって傷が着けられていくコロニーはこうやって頻繁に損傷個所をチェック、修復しなければならない。

彼らの作業は危険と常に隣りあわせだ。突如飛来した宇宙塵によって酸素ボンベが破壊されれば、あるいは遭難防止用のケーブルが切断されて飛ばされれば高確率で死が待ち構えている。

まさに命がけの仕事だ。


コロニーは巨大だが、天井は高いわけでは無い。

ワークの中の操縦者が空を見上げるトランに気づいたのか、トランへと腕を振った。

ワーク操縦者がよくやるパフォーマンスの一つだ。


ワーク操縦者は基本的にヴォルテックス治安維持軍の隊員がすることが多い。

トランはヴォルテックス軍式の右手を水平に胸の位置まで持ち上げて拳で胸を叩く敬礼を返した。

操縦者は敬礼を返されて逆に驚いたのか、少ししたあとにロボ搭乗時の略式敬礼を返した。


トランは上機嫌で家へと帰り、ごくわずかに残っていた残りの肥料をリーンへと与え、それからシャワーを浴びて就寝したのだった。


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