第18世界
始めの世界はゴーレムの世界、2つ目は水の世界。
命の気配が感じられず、冒険らしさもない仕事に飽き飽きしていた来波は、3つ目の世界に降り立った今、依頼人に殺意を抱いていた。
まぁ、今の状況ではどちらかというと殺意を向けられる方なのだが。
水の世界でも仕事が終わり、休暇を跨いで1週間後。
現在いるのは3つ目の世界。
なんと、来波の希望通り強そうな生き物のいる世界である。
転移前、今回はあなたが好きそうな世界だと説明され飛ばされたのだが、その言葉に期待した自分を呪うしかない。
(確かに、もっと冒険や命のやり取りがしたいと言った。けど、流石にこれはないだろー。)
そう叫びたい気持ちをぐっとこらえ、息を潜める。
転移した瞬間に状況を把握し、それからかれこれ1時間、ずっと地面に這いつくばり辺りの様子を伺っている。
しかも今は夜で辺りは真っ暗。
夜になるとほんわかと光を放つスキルボードの使用は、控えているようだ。
暗闇の中で目をこらすと10頭ほど動く陰を感じる。実際は更に30頭ほどいるのだが、暗闇の中で全てを把握することは難しいだろう。
来波が現在いるのはライオンの世界。
今回も、またまた偏った趣味の神様が世界を創ったのだろう。
とにかく、ライオンしかいない世界のまっただ中に、来波は放り出されたのである。
まだ説明文を確認していない来波は、このライオンの群れを抜ければ他の動物とも出会えると思っているが、どこまで行ってもライオンしかいない。
そのことに来波が気付くのは、もう少し先のことだ。
いきなりそんな場所に到着して、即座に臨戦態勢へと移れたのだから中々見込みがある。
来波の今の格好は始めの時と似た迷彩服。
空間魔法付きのリュックも背負っている。
実はこのリュック、ライオンから来波の存在を隠す隠蔽魔法が付与されている。物音を立てずに歩けば近くを通っても狙われることはないのだが、それに気付くのも、もう少し後のこと。
とにかく、来波は伏せの状態で更に2時間粘る。
しかし、来波は訓練を受けた戦士でもなければ、スポーツで体を鍛えたアウトドア人間でもない。
次第に疲労が溜まる。
喉も渇くし、何より砂が目に入って痛い。
ライオンの動きに警戒しながら匍匐前進で移動し、少し大きめの岩の陰で休憩をする。
そこでやっと、来波は説明文を読むのだった。
「はぁ、俺のあの」
怒りのあまり叫びそうになる衝動を必死に押さえ、深呼吸する。
まぁ、あの頑張りがただの自己満足だと知れば脱力するしかない。
とにかく、自分の身の安全が分かった来波は荷物の確認に移る。
まず取り出したのは槍。投げれば必ず当たる攻撃補正付き。
次にナイフ。解体の手順を光で示してくれる便利機能付き。
そして調味料セットと、持ち運びコンロ。
最後に、隠蔽魔法付きの簡単組み立てテントだ。
今回は、スキルボードに食事を提供してくれる機能はない。食料は自分で調達しろということだ。
「槍って。銃とかボウガンとか、もっとかっこいい武器あっただろ。」
小声で文句を言いながらも野営の準備を始めている。
既に2度も仕事をこなしている来波は、慣れた手つきでテントを立てる。
荷物をテントに運び込むと、早速周辺の観察だ。
食糧を確保してからでないと、仕事はできない。
テントの側面にある窓を開け、ライオンの動きを観察する。
双眼鏡があればよかったが、残念なことに依頼人はそこまで気が回らなかったようだ。
「いくら気付かれなくても、群れの仲間がいきなり倒れたら怪しまれる。ちょうど良い感じに群れからはぐれた一匹を狙うのが良いよな。」
テントに入り気が緩んだのか、独り言の声が大きくなっている。
まぁ、口に出した方が考えはまとまる。
そういうことで、ひたすらライオンを観察し、絶好のタイミングを待つ。
その間何度かテントの横をライオンが横切り、視界を遮ったがこちらに興味を示す様子はない。
隠蔽魔法の効果は本物だ。
そうして日が登り始めるとライオンの動きは大人しくなる。一頭、二頭と寝始め、それから1時間後ほとんどのライオンが熟睡する。
ここでもし来波が感知の魔法を使えたなら、より確実に状況を把握できただろうが、そこまでをただの高校生に期待するのは酷だろう。
とにかく、ライオンの動きが止まったことを確認し、来波はリュックを背負ってテントから出る。
右手には槍を握っている。
迷彩服に槍とは、なんともミスマッチだ。
来波はライオンが起きないよう、腰を低くし警戒しながら歩く。
さっき隠れた岩に登り、草原全体を見渡す。ほどんどのライオンが数頭まとまって眠っている。
ライオンが体勢を整える度逃げ腰になっているが、仕方がない。
一通り辺りを見渡した来波は、一頭のライオンに狙いを定める。
群れからやや離れたところでぽつんと佇む小柄なライオンだ。成獣の雄だが、群れを形成できなかったのだろう。
この世界では小さいライオンから順に標的となり、群れの皆から命を狙われる。
今ここで来波に殺されなくても、明日にはその命も失われることだろう。
覚悟を決めた来波は、そのライオンに狙いを定め槍を投げる。
フォームは綺麗だったが、途中で力んでしまったのか明後日の方向に向かって槍は飛んでいく。
しかし、数メートル飛んだところで不意に方向転換し、あっさりとライオンの脳天に突き刺さる。
一瞬ライオンのうめき声が聞こえたが、直ぐにそれもなくなり、動きが止まる。さらに数分待ち、確実に死んだことを地図上でも確認して来波は岩を降りる。
群れの横を通り、ライオンの元に近寄ると静かに槍を抜く。
血が溢れ、服や体にもかかるが、一瞬で消える。地味だが、実にありがたい機能だ。
初めて見る動物の血に、一瞬怯んだ来波だが、自分で決めて奪った命だ。深呼吸をして自分を奮い立たせ、解体の準備を始める。
さっきまで血で濡れていた槍はいつの間にか綺麗になっている。槍をリュックにしますと、ナイフを取り出す。
刃渡り5センチの超小型ナイフで、ライオンを裁くには小さすぎる。しかし、他に刃物はない。
来波はナイフを握り、ライオンの胴体に近づける。
すると刃が変形し、刃渡りが40センチほどになる。そして光の線がライオンの体全体に浮かび上がり、数字が振られる。
その順番通りに解体すればよいと言うことだ。
素人の来波には耐えがたい。再度深呼吸をすると、来波は果敢にその大きな肉の解体に取りかかる。
血のにおいに耐えながら、慣れない解体をすること2時間。
リュックの効果で、ライオンが血の臭いを感じることもない。
ひたすら自分が奪った命と向き合って、獲得した肉は約50キロ。
初めての経験に、やや感慨深い気持ちが湧いてきても良さそうだが、空腹と疲労が大きいようで独り言もなく淡々と作業を進めている。
使えない毛皮や骨も全てリュックに入れ、来波はテントへと戻る。
やっと食事である。
フライパンの上に解体した肉をのせ、火をつける。
適度に焼けたら塩とこしょうで適当に味付けをして完成だ。
少しワイルドだが、冒険者らしい食事だ。
匂いを確認してから思い切ってかぶりついている。
ライオンの肉はあまり美味しくないが、しばらく食事をしていない来波の口には十分だろう。
あっという間に平らげ、片付けをする。
時刻は既に夕刻前、ライオンたちが目を覚まし始めている。
来波は1度草原を見渡すと、警戒しながらテントに入る。
しばらくはライオンの動きを観察していたが、ライオンの動きが活発になる頃には、睡魔に勝てず寝てしまった。
明日、ライオンが眠り始めたら他の場所へ移動し、仕事を始めることだろう。
残り時間は5日23時間12分だ。




