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第一章 第5話

 馬車の扉が開くと、そこには重苦しい静寂と、冷ややかな敵意が待ち構えていた。

 教会の正面玄関。石造りの巨大な柱の列の間に、教会の「守旧派」を代表する司祭たちと、白銀の甲冑に身を包んだ精鋭騎士たちが、壁のように立ち塞がっていた。

「……枢機卿も乱心したな。神聖なる総本山に、どこの馬の骨とも知れぬ風体の男を招き入れるとは」

 列の中央から進み出たのは、肥満気味な体に豪華な法衣を纏ったエドモン大司祭だった。彼は蓮を汚物でも見るかのような目で見据え、鼻を鳴らす。

「下がりなさい、異邦人。ここはお前のような者が足を踏み入れていい場所ではない。騎士たちよ、この無礼者を直ちに捕らえよ」

 騎士たちが一斉に抜剣する。だが、蓮は逃げるどころか、一歩前に出て不敵な笑みを浮かべた。

「……エドモン大司祭、と言ったかな。君は今、私を追い出すべきではなかった。なぜなら君は、左の靴のかかとがわずかに磨り減っている理由を、ここにいる全員に説明しなければならなくなるからだ」

 エドモンがピクリと眉を動かした。蓮は止まらない。

「昨夜、君は祈りを捧げていたと言ったな。だが、君の法衣の裾には、この神殿には存在しない**『安物の煙草の灰』**がついている。さらに、君の右手の指先には微かに赤い痕跡がある。……それは女性が使う安価な口紅の跡だ。君は昨夜、聖域を抜け出し、下町の酒場の裏口から馴染みの女に会いに行った。左の踵が減っているのは、衛兵の目を盗んで、不安定な裏路地の排水溝の上を歩き続けているからだ」

「な……っ! なにをデタラメを!」

「デタラメかどうか、今すぐその法衣の隠しポケットを改めようか? そこには彼女から贈られた、香水の匂いが染み付いたハンカチが入っているはずだ。……さあ、騎士諸君。神託に背き、私を捕らえてもいいが、その瞬間に君たちの敬愛する大司祭の『聖夜の散歩』の詳細が、全市民に知れ渡ることになるぞ」

 静寂が、先ほどとは違う意味で教会を支配した。

 エドモンは顔を真っ青にし、ハンカチを隠すようにポケットを必死に押さえた。その狼狽ぶりこそが、蓮の言葉が「正解」であることを証明していた。

 騎士たちは、抜いた剣をどうすべきか分からず、困惑して互いの顔を見合わせた。彼らが命をかけて守ろうとした権威が、たった数秒、一人の男の「観察」によって、泥の中に引きずり下ろされたのだ。

「……どけ。神託を疑うのは勝手だが、俺の観察眼を疑うのは命取りだぞ」

 蓮が静かに歩き出すと、騎士たちはまるでモーゼの十戒のように、左右に分かれて道を作った。

 エドモン大司祭は、もはや反論する力もなく、ただ震えながらその場にへたり込んだ。

「……行くぞ、リリ。死体の鮮度が落ちる前に片付ける」

 蓮は一度も振り返ることなく、静まり返った回廊へと足を踏み入れた。

 暴力でも、魔法でもない。

 「隠された真実」を暴かれるという根源的な恐怖によって、教会の権威はこの瞬間、完全に崩壊したのである。

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