表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

第一章 第4話

 アパートの前に用意されていたのは、聖レガリア教会の紋章が刻まれた重厚な四輪馬車だった。

 蓮は乗り込む際、車輪のバネの甘さや車内のわずかなカビの臭いに眉をひそめたが、黙ってふかふかのシートに身を沈めた。対面にダニエル司祭、その隣にアタッシュケースを抱えたリリが座る。

 石畳を叩く馬蹄の音を聞きながら、馬車はゆっくりと走り出した。

「さて、ダニエル。移動の間に、その『迷宮入り』しかけている事件の概要を吐き出してもらおうか。……まずは発見時の状況だ」

 蓮が足を組み、促す。ダニエルは緊張した面持ちで、思い出すのも忌まわしいといった様子で口を開いた。

「……被害者はカイル大司教。教会の次期枢機卿の座に最も近いと言われていた御方です。発見されたのは昨朝、彼自身の執務室でした。背後から心臓を一突き。……凶器は、教会騎士団が儀礼用として使う短剣でしたが、出所はまだ掴めておりません」

「ふむ。背後から、か。壁に血の文字があったと言ったな」

「はい。漆喰の壁に、大きく『復讐(Vengeance)』と。……しかし、奇妙なのはそこからです。カイル司祭の執務室は、通称『開かずの間』。窓には頑丈な鉄格子、扉は内側から重いかんぬきがかけられていました。発見時、修道士たちは扉を斧で叩き壊して入ったのです」

「完全なる密室、というわけか」

 蓮は窓の外、ガス灯の光が流れていくのを見つめながら、短く質問を投げた。

「カイル大司教が最後に生きて確認されたのはいつだ?」

「一昨夜の午後十時です。秘書がハーブティーを届け、退室する際に中から閂をかける音を聞いています」

「その秘書とやらは、ハーブティーを『毒殺』に利用できるな?」

「……いえ。死因はあくまで刺殺による失血死。毒の反応は検魔官けんまかんたちも否定しています。それに、部屋のハーブティーは手付かずのまま冷め切っていました」

「ふん。捜査の進展は?」

「……絶望的です。教会の内部は現在、カイル司祭を支持していた改革派と、それを快く思わない守旧派で真っ二つに割れています。騎士団も双方の顔色を伺い、有力な容疑者が浮上しても、上層部の圧力ですぐに捜査が打ち切られる始末で……」

「なるほどな。無能な身内争いが、真実を霧の中に隠しているわけだ」

 蓮は冷笑を浮かべ、リリから手渡されたミントタブレットを一つ口に放り込んだ。

「被害者の性格はどうだった? 聖人君子か、それとも恨みを買うようなクズか」

「それは……その、言葉を選ばずに申し上げれば、極めて野心家であり、敵も多かったことは事実です。ですが、神職としての務めは完璧にこなしておられました」

「野心家、ね。……まあいい。だいたいの輪郭は見えた」

 馬車の揺れが止まり、外から御者の「着きました」という声が響く。

 窓の外には、霧の中から巨大な白い怪物のようにそびえ立つ、聖レガリア教会の総本山が姿を現していた。

「ここから先は、言葉ではなく実物に見極めてもらう」

 蓮は扉が開かれる前に、不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。

 ダニエルがどれだけ説明しようとも、蓮の頭脳はすでに、語られなかった「わずかな矛盾」をいくつか拾い上げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ