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幕間:煮付けの香りと修羅の片鱗

事件が解決し、ベーカー街のアパートには再び穏やかな時間が流れていた。

 テーブルの上には、築地から「デリバリー」されたキンキの煮付け。脂の乗った白い身に、甘辛い醤油の香りが立ち上る。

「……ねえ、天城様。ずっと聞きたかったことがあるんです」

 リリが箸を止め、少し真剣な、どこか怯えたような眼差しを蓮に向けた。

「さっきの屋敷での戦い……。あなたいとも簡単に、相手の腕を折り、刀で斬り捨てていましたよね。日本っていう国は、あんなに平和なところなのに……どうしてあんなに躊躇なく『暴力』を振るえるんですか?」

 蓮はキンキの頬肉を丁寧に掬い取り、口に運んだ。咀嚼し、嚥下してから、彼は事も無げに答える。

「私は古流武術、神影流しんかげりゅうの皆伝だ。あれは道場のスポーツじゃない。戦場で生き残るための、あるいは敵を効率的に無力化するための技術体系だ。……心構え(マインドセット)が、君たちが思っている現代人とは少し違うだけだよ」

「心構え……?」

「『抜けば斬る。当たらねば折る』。師からはそう叩き込まれた。……それに、リリ。私がこの異世界の依頼を引き受けた最大の理由は、君たちが期待しているような『正義感』じゃない」

 蓮は箸を置き、漆黒の瞳でリリを射抜いた。その瞳の奥には、文明の仮面を被った男の、剥き出しの狂気が潜んでいた。

「あっちの世界(日本)は、法と倫理が張り巡らされすぎていて退屈だった。どんなに不快な相手でも、社会的に抹殺するのには手間がかかる。……だが、この世界はいい。法は未発達で、暴力が身近にある。……ここなら、手加減せず、全力で『排除』しても倫理的に問われないだろう? 私は、自分の能力をフルスペックで試せる遊び場が欲しかったんだ」

 リリは、背筋に氷を押し当てられたような悪寒を感じた。

 この男は、単なる知的な探偵ではない。平和な文明社会という檻に閉じ込められていた「最強の捕食者」なのだ。

(……間違えたかもしれない)

 リリの手がわずかに震える。

 異世界の混乱を鎮めるために、神の如き知恵を持つ者を召喚したつもりだった。けれど、連れてきてしまったのは、知性と暴力を完璧にコントロールし、それを「娯楽」として享受できる、もっとも恐ろしいタイプの怪異だったのではないか。

「……どうした、リリ。キンキが冷めるぞ。これは脂が乗っているうちに食べるのが礼儀だ」

 蓮はいつもの不敵な笑みを浮かべ、再び箸を取った。

 その優雅な所作が、今は血に飢えた獣の毛並みの手入れのように見えて、リリはただ、引き攣った笑顔を返すことしかできなかった。

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