第二章 第8話
静まり返った星の間。倒れ伏す襲撃者たちを跨ぎ、蓮とリリ、そして震えが止まらないバルトロメ男爵の一行は、石像の下に現れた隠し階段を下りた。
地下の小部屋は、意外なほど簡素だった。そこにあったのは金銀財宝ではなく、古びた真鍮の筒と、それを安置するための小さな祭壇だけだ。
「……これが、我が家の守ってきた家宝なのか?」
バルトロメが恐る恐る筒を開け、中から一枚の羊皮紙を取り出した。そこには、初代当主の署名と共に、驚くべき「事実」が記されていた。
「な……これは……。我がフェルディナンド家は、王家から領地を賜ったのではない……? 初代は、隣国の商人からこの土地を『借金』の形として譲り受け、公文書を偽造して男爵位を詐称した……だと?」
傍らで覗き込んだオズワルドも絶句した。
彼らが血眼になって奪い合っていた「正当な継承権」の根源は、一人の詐欺師が作り上げた砂上の楼閣に過ぎなかったのだ。これが世に出れば、男爵家は取り潰し、一族は路頭に迷うことになる。
「『不適格な血脈に、家宝を戴く資格なし』……。予告状の言葉は、この不名誉な真実を指していたわけだ」
蓮は、リリから手渡されたミントタブレットを口に運び、冷ややかに告げた。
「オズワルド。君がどこからか引き入れた連中は、君に当主の座を譲る気などさらさらなかったはずだ。彼らの狙いは、この証拠を使って男爵家を永久に脅迫し、傀儡にすることだったんだろう。君は自分だけでなく、一族の魂まで売ろうとしていたんだよ」
オズワルドは力なく膝をついた。手に入れたのは「呪い」そのもの。もはや勝ち目は万に一つもなかった。
「……ヘムラー先生。私は、どうすれば……」
バルトロメが、救いを求めるように蓮を見つめる。
「探偵の仕事は真実を見つけることだ。だが、その真実をどう扱うかは、依頼人の自由だ」
蓮はアタッシュケースから、現代の超小型高熱バーナーを取り出した。
「もし、この『偽造の証拠』が、不慮の事故……例えば、犯人の襲撃による混乱で焼失したことになれば、君たちの血筋は今日から『本物』になる。……もちろん、そのためには代償が必要だがね」
「代償……? 金ですか? それとも……」
「いや。オズワルド、君はこの屋敷を去り、兄の経営する事業の『最前線』で、一生をかけて横領された金の穴埋めをしてもらう。……そして男爵。君は、私が王都で展開する『新しいビジネス』の強力な後ろ盾になってもらう。……ウィン・ウィンの関係だ。異論はないな?」
蓮の言葉は、救済であると同時に、逃げ場のない契約だった。
二人の兄弟は、ただ深く頭を垂れるしかなかった。
――数時間後。
証拠の羊皮紙は灰となり、襲撃者たちは当局に引き渡された。
霧の晴れ始めたルンディニウムへと戻る馬車の中で、蓮は手袋を外し、先ほど倒した男たちが持っていた「短剣」を無造作に眺めていた。
「……天城様? どうかしたんですか、そのナイフ」
「ああ。……男爵の弟がどこぞの犯罪組織を雇っただけかと思っていたが、どうも不可解だ。この武器の鋼、そしてこの男たちの統制の取れた動き。ただの荒くれ者の集団じゃない。まるで、何者かが周到に書き上げた『脚本』の上で動いているような、嫌な精密さを感じる」
蓮は窓の外、ガス灯が連なる夜の街並みを見つめた。
「……ルンディニウムの闇は、思っていたより少しだけ、整理整頓されているらしいな」
まだ見ぬ「影の主」の気配を、蓮は微かに、だが確実にその鋭い嗅覚で捉え始めていた。
「ま、いいさ。誰が裏で糸を引いていようと、私の『暇つぶし』を邪魔するなら、その指ごと叩き折るまでだ。……リリ、腹が減ったな。王都に帰ったら、築地から直送便を頼め。次は和食だ」
「了解です、ヘムラー先生! お寿司にしますか?」




