第二章 第3話
現当主、バルトロメ男爵は震える手で、代々受け継がれてきた一冊の古びた手記を机に広げた。
「ヘムラー殿、我がフェルディナンド男爵家には、奇妙な家訓があるのです。『継承の儀において、家宝を祭壇に捧げ得ぬ者は、その血筋に非ず』。……しかし、肝心の家宝が何なのか、どこにあるのかは、歴代当主が死の間際に後継者へ耳打ちすることでしか伝えられてきませんでした」
バルトロメは苦渋に満ちた表情で言葉を続ける。
「先代である父は、流行病で急逝しました。死の間際、父が残した言葉は……『光が交わる場所に、真実の鍵を沈めた。数学者の眼でそれを見極めよ』という不可解な一言だけだったのです」
蓮は無造作にその手記をめくり、現代のポータブルスキャナーで全ページをデータ化しながら、冷ややかに尋ねた。
「なるほど。本来なら長男である君がその謎を解くはずだったが、いつまで経っても見つけられない。そこへ、野心溢れる弟君のオズワルドが『解けない無能に家督の資格なし』と声を上げ始めた。……そこへタイミングよく『予告状』だ。状況は理解したよ」
「兄上の不甲斐なさが招いた事態だ」
オズワルドが背後から冷たく言い放つ。
「家宝の所在さえわかれば、私が正当な後継者として認められる。あの予告状は、神が私に授けてくださった好機に他ならん。外部の者に頼るなど、フェルディナンドの血を汚すだけだ」
「血、か。……君たちが尊んでいるその赤い液体よりも、もう少し論理的なものを見せてやろう」
蓮はスキャンしたデータをタブレット上で展開し、複雑な計算式と図形をリリにも見えるように空中に投影した(ように見えるホログラムディスプレイを起動させた)。
「男爵。先代の遺言にある『光が交わる場所』とは、抽象的な比喩じゃない。この屋敷の構造そのものが、一つの巨大な光学装置になっているんだ」
蓮は部屋の中央に立ち、窓から差し込む午後の光と、壁に飾られた不自然な配置の絵画を指し示した。
「リリ、この部屋にあるすべての鏡の角度を測れ。……ミラー家令、この屋敷に『不自然に大きなプリズムが埋め込まれたシャンデリア』があるはずだ。それはどこにある?」
家令のミラーは目を見開いた。
「それは……最上階の、今は使われていない『星の間』にございます」
「決まりだ。犯人はこの予告状を使って、君たちを焦らせ、本来なら『ある特定の刻限』にしか現れない家宝の隠し場所へ、無理やり誘導させようとしている。……彼らは、君たちが自ら『鍵』を開けるのを、影でじっと待っているんだよ」
蓮がそう告げた瞬間、屋敷の廊下で何かが割れる鋭い音が響いた。
監視していた「影」が、蓮の早すぎる正解に動揺したのか。
「さあ、男爵。泥棒たちに招待状を送り直してやろう。家宝の正体を拝みに行くぞ」




