第二章 第2話
フェルディナンド男爵家の屋敷は、ルンディニウム郊外の緩やかな丘の上に、まるで時代に取り残された古城のように鎮座していた。
馬車が車寄せに止まると、家令のミラーに案内され、蓮とリリは重厚なエントランスをくぐった。
広間に入った瞬間、蓮の肌を刺したのは、冷たい空気ではなく、身内同士が放つ濃厚な**「殺意」**だった。
「……また、兄上が無駄な金を。家令、それが噂の『探偵』か何かか? 見たところ、ただの身なりのいい浮浪者にしか見えんが」
暖炉の前でグラスを傾けていた、鋭い眼光の男――現当主の弟、オズワルドが鼻で笑った。その横では、現当主であるバルトロメ男爵が、病的なまでに青白い顔で椅子に深く沈み込んでいる。
「オズワルド、無礼を……。ヘムラー殿、すまない。我が家は今、この『予告状』のせいで極限状態にあるのだ」
「不仲な兄弟に、不透明な相続。ミステリーの舞台装置としては三流だが、舞台の設え(しつらえ)は悪くない」
蓮は彼らの挨拶を無視し、大理石の床や壁のタペストリーを、値踏みするように眺めながら歩き回った。
「さて、男爵。時間が惜しい。予告状が届いたのはいつだ? そして、その紙はどこで、どういう状態で発見された?」
「昨夜の未明、私の執務室の机の上だ。窓も扉も施錠されていたというのに……!」
「リリ、ライトを」
蓮はリリから受け取った、ペン型の高輝度マルチ波長ライトを予告状に当てた。
波長を切り替えながら、蓮は紙の繊維やインクの沈着具合をミリ単位で観察していく。
「ほう……。面白い。このインク、単なる炭素ベースじゃないな。魔石の粉末を極微量に含んでいる。特定の温度条件下でのみ、文字が浮かび上がるよう細工されていた形跡がある」
蓮はそのまま、男爵の机の周囲を調べ始めた。
「つまり、犯人は『不法侵入』などしていない。この紙は、数日前からこの部屋に『白紙のメモ』として置いてあったんだ。……何者かが室温を調整し、文字を浮かび上がらせた。密室でも何でもない、ただの化学反応だ」
その言葉に、オズワルドの眉がぴくりと動いた。
蓮はその一瞬の反応を見逃さず、さらに視線を部屋の隅の暗がりへと向けた。
(……視線を感じるな)
現代のセンサーに匹敵する蓮の感覚が、屋敷の「影」に潜む何者かの存在を捉えていた。それは、男爵家の人間でも、使用人でもない。
プロの、それも極めて冷徹な「観測者」の視線。
「男爵、家宝がどこにあるか見当もつかないと言ったな。だが、この予告状には、君が気づいていない『地図』が既に記されているぞ」
「な、なんだと!?」
蓮は不敵な笑みを浮かべ、アタッシュケースから取り出した超音波構造スキャナーを壁に押し当てた。
文明の遅れたこの世界で、蓮だけが「壁の向こう側」にある歴史の空洞を見透かしていた。




