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第二章 第1話 黄昏の男爵家と見えざる家宝の行方

王都ルンディニウムの喧騒から隔絶された、静謐な屋敷の一室。

 壁一面を埋め尽くす書物に囲まれ、一人の老人が、端正な所作で茶を点てていた。

 彼が嗜んでいるのは、このアステリアでは手に入らないはずの、東洋の「抹茶」である。

「――メイズ・J・アロイト伯。お耳に入れたい相談がございます」

 背後で、黒い上着を着た男が深く頭を下げた。アロイトは茶碗を置き、静かに瞑想するかのように目を閉じたままで、先を促す。

「申してみよ」

「ある男爵家の相続問題にございます。本来の相続人である長男ではなく、現当主の弟――我々に多額の寄付を約束している男ですが――彼が家督を継げるよう、知恵を貸してほしいと」

 アロイトは目を開けなかった。ただ、部屋の空気がわずかに冷え込んだ。

 この老人は、表向きは高名な数学者であり慈善家だが、その実態はルンディニウムの闇を糸一本で操る「犯罪のコンサルタント」である。

「男爵家の相続か。……あの家の相続には、初代当主が遺したとされる『誓いの家宝』が不可欠だったはずだな。当主交代の儀式において、それを祭壇に捧げた者こそが真の主とされる」

「左様でございます。しかし、その家宝の所在は現当主のみが知るところ。力ずくでは奪えませぬ」

 アロイトはゆっくりと目を見開いた。その瞳には、深淵のような知性が宿っている。

「ならば、彼ら自身に家宝の場所を教えてもらえばいい。……男爵家の相続規定に、一つ面白い穴があったはずだ」

 アロイトは傍らに置かれた羊皮紙に、澱みのない筆致で数行の指示を記した。

 それは、法と心理の隙間を突く、完璧な「筋書き」であった。

「これを使いなさい。直接奪いに行くのではない。……彼らが、自ら一番安全な場所へそれを持ち運ぶよう仕向けるのだ」

 部下はその指示書を手に取り、その恐るべき意図を理解して背筋を震わせた。

「承知いたしました。……すぐに『予告状』の準備をいたします」

「ああ。……だが、一つ懸念がある」

 アロイトは再び茶碗を手に取り、微かに微笑んだ。

「近頃、ベーカー街に面白い『探偵』が居座っていると聞く。もし現当主が彼に頼るようなことがあれば、この計画も少しは楽しめる余興になるだろう。……リールを巻け。獲物が食らいつくのを待つのだ」

 部下は深く一礼し、音もなく部屋を去った。

 残されたアロイトは、再び茶の香りに意識を集中させる。

 王都を揺るがす大事件の幕は、この静かな部屋の一滴から上がった。

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