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第一章 第8話

 翌朝、王都ルンディニウムの空気は、前日までの重苦しさが嘘のように沸き立っていた。

 石畳の上を、少年たちが「号外! 号外!」と叫びながら走り抜けていく。

『聖レガリア教会の悲劇、一夜にして解決!』

『神の眼を持つ探偵、ロケシュ・ヘムラーが暴いた密室の罠!』

『犯人は会計係の修道士――横領隠蔽のための犯行!』

 新聞のインクの匂いと共に、その名は瞬く間に王都の隅々まで広がった。魔法の衰退と共に、人々の心に芽生えていた「論理」と「知性」への渇望。それに完璧に応えた「異邦の探偵」は、今や王宮からスラム街に至るまで、最大の関心事となっていた。

 その頃、喧騒の中心にいるはずの男は、ベーカー街のアパートで優雅に朝のルーティンをこなしていた。

「……天城様、いえ、ヘムラー先生! 見てください、アパートの前にあんなに人だかりが! 大司教殺人事件をたった数時間で解決したって、もう国中の話題ですよ!」

 リリが窓の外を指さしながら、興奮気味に報告する。

 蓮は、21世紀の日本から持ち込んだ最高級のエスプレッソマシンが立てる芳醇な香りを楽しみながら、タブレット端末に視線を落としていた。

「リリ、騒ぐな。……あっちの会社の業績はどうだ?」

「あ、はい。日本のオフィスからは、投資案件の最終確認が届いています。あと、秘書の方から『たまには顔を出さないと社員が幽霊社長だと言い始めますよ』って伝言も」

「フン、幽霊で結構。……よし、この三件の買収案にサインをしておけ。それと、この不動産。王都の商業区の一等地を抑えろ。事務所の拠点を広げる必要がある」

 蓮は、異世界の解決報告書を「完了」フォルダに放り込み、コーヒーを一口啜った。

 彼にとって、大司教の密室殺人も、数十億規模のビジネスも、等しく「データの処理」に過ぎない。

「……それにしても、次の事件はもう少し骨があるのがいいな。昨日のトリックは、少しばかり古典的すぎて欠伸が出た」

「もう、贅沢言わないでください! おかげで私の『天使ポイント』も少し上がったんですから。……あ、またノックの音。今度はどこの貴族様かしら?」

 リリがドアへ向かう背中を見送りながら、蓮は不敵に微笑んだ。

 名声、地位、そして現代科学という名の魔法。

 この1870年代風の異世界を舞台にした、天城蓮の「暇つぶし」は、まだ始まったばかりだ。

これにて、第一章終了です。


次章の準備が出来ましたら、投稿します。

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