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ep7

 8月某日。

 雨が止んだのか店内はすっきりとはけていた。

 コンビニの床は少し水に濡れて危ないので橘さんがモップをかけている。

 さっき補充したホットスナックのケースの中も順調に売れていて、残るは唐揚げだけになっていた。

 清掃を終えた橘さんがレジの中で手を洗いこちらを見た。

「やっぱ売れたね」

「うん、ばっちりだったね」

 俺が笑うと橘さんもニッと笑った。

「そういえば……吉田君、さっきの子まだいる?」

「さっきの子?」

「ほら、パン屋の前の」

 橘さんは体を前に倒して店の向こう側を見た。

 道路を挟んで店が幾つか並んでいる。

 一つがパン屋。

 さっき雨が降り出した頃に小学生くらいの女の子が蹲って座っていたが今は誰もいない。

「やっぱり親と一緒だったんだよ」

「そっか……そうだよね。良かった」

 橘さんのはにかむ微笑に俺は頷くと、自分が言った言葉にもう一度頷いた。







 夕食を終えて僕は勉強机に向かっていた。

 今日は騒がしい一日だった。

 母の話だとあの後近所の人から聞いて、騒音の部屋の母親が警察から帰れないらしくマンションの住人たちが心配をして娘だけでも返せないかと警察に提案しに言ったらしい。

 母も同じく行ったが当たり前に却下されて、帰宅した彼女は憤慨していた。

 あの親子はどうも親族がいないらしくこのままだと施設に移されるとかなんとか。

 母に「皆、虐待を疑っていたんじゃないの?」と聞いてみたところ、そうではあるものの、親子が仲良く話しているところを見ている人も多いため、そのような心境になったそうだ。

 僕は鉛筆を置いて大きく伸びをした。

「出来ることを……か」

 昼、母がそんなことを口にしていた。

 僕は……僕の出来ることは……なんだろうか。








「え?」

 ベットの上で点滴を外してもらいながら三代子は警察官の顔を見た。

「今なんて?」

「あなたのご主人が夫婦喧嘩であると認めました。虐待はないと」

 警察は手元の紙をペラペラ捲りながら視線を落としている。

 どうやら三代子が治療を受けている間に警察は夫へ連絡を取ったようだった。

 三代子の知る彼ならば、きっと今頃酷く癇癪を起こしているだろう。

 それでも彼は三代子が警察に説明したものと同じ事を言ってくれたようだった。

 それが真実なのだから嘘ではないが、警察はそう判断しているようには見えなかった。

「とりあえず、あなたと娘さんを家に返します。しかし、今後同じようなことがあれば虐待と判断しかねますので、重々気をつけてください」

 手続きを済ませて三代子はフラフラした足取りで警察官に連れられて長い廊下に出た。

 その向こうでは小さな娘がこちらを向いて走り出した。

 走ってくる娘の顔が笑顔になり、次第にくしゃくしゃに泣き顔になって小さな手が三代子に触れるとぎゅうっと抱きしめた。

「ごめんね、ごめんなさい」

 腕の中でわあわあと泣く娘に三代子は涙を浮かべながら、傍にいた警察官に何度も礼を述べた。

 娘を無事に保護してくれたことへの感謝を。

 すると奥にいた女性警察官が三代子に声をかけた。

「あの、マンションの方がお迎えに来ていますよ」

 フラフラしながら三代子は娘を抱きかかえると立ち上がり軽く会釈して歩き出した。

 お迎えって?マンションに友達なんていないし、知り合いもいない。

 泣き止んだ娘が歩くというので下ろして手を繋ぐと警察署入り口に十代半ばの少年が立っていた。

「お兄ちゃん」

 娘が彼を見てそう言い三代子に振り返る。

「お兄ちゃん?」と聞くと「下のお兄ちゃんだよ。優しいの」と笑った。

 少年は啓という名前で丁度真下に住んでいると笑った。

「母が車を出してくれています。一緒に帰りましょう」

 三代子は驚きながらもふらつく足を見下ろして、ただ頭を下げる。

「ありがとうございます。すいません、ご迷惑をおかけします」

「そんなことありませんよ」

 啓に誘われて三代子はゆっくりと警察署を後にした。








 千砂子は朝早く目覚めた。

 昨日は随分と遅く眠ったのに、珍しく目を覚まして傍に眠っている母親の頭に手を伸ばすと優しく撫でた。

 母の髪はサラサラしている。自分と同じ髪の匂いだ。

 昨日は一緒に風呂に入り、眠ったのだ。

 本当に小さい頃以来で安心して眠れた。

 母親を起こさないように布団から這い出ると台所に行き、昨日警察まで迎えに来てくれた啓の母のサンドイッチを冷蔵庫から出した。

 薬缶に水を入れてコンロにかけると火をつける。

 千砂子は嬉しくて頬が緩んでいた。

 昨日お兄ちゃんとおばちゃんが来てくれて、お母さんと一緒に帰ることが出来た。あの場所は怖くて、お母さんと居られないことが何より怖かった。

 思い出しただけで涙が出そうになる。

 パチンと両手で頬を叩いて、お湯が沸くと火を止めた。

 カップにインスタントコーヒーを入れてお湯を注ぐ。

 千砂子のカップにはコーヒーと牛乳。

 テーブルに用意するともう一度母親の傍に近づいた。

 まだ眠る母親の頭を撫でて「お母さん、おはよう、朝だよ」と囁く。

 まだ母親が寝ていてもいいように優しい小さな声で呼ぶと、彼女の目が少し開いた。

「おはよう……早いね」

「うん。コーヒーを入れたよ、飲む?」

 母親は体を起こすと小さく頷いた。

「うん、用意してくれたの?ありがとう」

「ううん」

 千砂子は嬉しくて微笑むと母親と一緒に台所へと戻った。

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