ep3
8月某日。
深夜二時。
横山はゆっくりと歩いていた。
昼間は暑くで散歩が出来ないからこんな時間に徘徊している。
警察に捕まらないように、上下ジャージに反射板のついたたすきをかけている。
片手にはフラッシュライトでいかにも運動していますを見て説明できるように。
近頃はただ歩いているだけでも警察に止められる。
防犯意識が高いのはいいが、時折止められては犯罪者のごとく詰められるのは嫌な気分だ。
横山はフラッシュライトをかまえて先のほうまで照らして歩く。
人影が見えてまた職質かと踵を返しかけたが、人影は一つでやけに小さかった。
横山はなんだか嫌な感じがして足を進める。
照らされた光の中に子供の姿があった。
少女だ、まだ小学生くらいで短い髪に可愛らしいセーラーの洋服、靴は履いていなかった。
一瞬、お化けかと思った。足があるから生きているようだ。
壁の方で俯いている。
「何してるの?」
横山は出来るだけ優しく声をかけた。
少女は少し顔をあげると今にも泣き出しそうに笑って見せた。
「待ってるの」
「待ってる?誰を?」
横山の問いに少女は首を横に振る。
「……待ってるの」
ただそれだけ言って大きな瞳から涙が溢れた。
横山は少女の前にかがむと彼女の頭に手を延ばした。
「おうちはどこ?」
少女は何度も頭を振る。
「わからないの?」
横山の言葉に少女は何も言わずに首を横に振りただひたすら「待ってるの」と呟いた。
灰色コンクリートのマンションの一室。
台所には昨日食べた食器がザルに浸かってる。
ダイニングテーブルの上には空になったカップ麺が重ねられて、その周りを小さな虫が飛んでいる。
ベットの上に座りぼんやりと煙草に火をつけた三代子は、ベランダの戸を少しだけ開けると煙を吐き出した。
昨日は随分と歩いて疲れた。
ちらっと足元を見ると散らかしたままの衣服が散乱している。
片付けないと、そう思って煙草を挟んだ指を下ろすと痣だらけの白い足が目に付いた。
赤紫に変わった痣に痛みはない。
三代子は煙草をベランダのコンクリートでもみ消すと部屋を見渡した。
片付けないと、あの人が帰ってくる。
ふらりと立ち上がり、床に散らばった衣服を集めてベットに乗せた。
「掃除機もかけないと」
独りごとを呟いて視線を玄関に向けると、ゆっくりとドアが開く。
三代子は少し体が強張るのを感じてぎゅっと拳を握った。
「おかえりなさい」
三代子の声が震えている。
ドアを背にしてスーツの男が立っている。
三代子の夫だ。
彼は小さく溜息をついて革靴を脱ぐと足を止めることなく三代子の傍に歩いてきた。
「今、片付けようと……」
三代子が呟いて顔を上げた時、視界には夫の冷たい目と振りかぶった拳が見えた。
8月某日。
夜明け前、西島巡査は交番にいた。
エアコンが壊れているせいで室内はむんと熱がこもっている。
仕事を終わらせてさっさと帰りたい、早く風呂に入って布団で寝たい。
きっと警察官にあるまじき姿かも知れない。
ガラス越しに見える空が白んできている。
デジタル時計は朝を告げていた。
椅子から立ち上がり体を伸ばすと交番を出る。
昼間に比べればマシだがまだ夏の暑さは空気に残っていた。
「おまわりさん!おまわりさん!」
遠くからそう呼ばれて西島はそちらを向いた。
近所の主婦だ。
いつもは朝早くから店を開けて近辺を掃除している。
「あ、佐久間さん、おはようございます。どうかされましたか?」
西島が背筋を伸ばして挨拶をすると佐久間も習ったように背筋を伸ばし軽く会釈をした。
「おはようございます。あ、そうなの。あのね」
佐久間は囃し立てるように言葉を紡ぐ。
内容を聞くとどうやら騒音騒ぎらしい。
夜中でないにしろ早朝でも休んでいる者は多い。
「今行きます」
西島は交番内のテーブルに置かれた見回りの札をかけると佐久間の下へ走り出した。




