『入学式』
久遠学園の講堂は、まるで神殿のようだった。
大理石の床に光が反射し、空中には金色の紋章が浮かんでいる。
その一つひとつが、**理符**と呼ばれる異能制御式だ。
〈用語補足:理符〉
久遠学園の構造を支える異能制御装置。
“理制塔”から送られるエネルギーを受信・安定化させる役割を持つ。
建物そのものが巨大な“理回路”として機能している。
講堂中央には、生徒たちが整然と並んでいた。
制服の色で学年が分かれ、
一糸乱れぬ姿勢で壇上の演壇を見つめている。
その規律の正確さに、マオはわずかに眉をひそめた。
(……整いすぎている。
まるで、この世界の人間は“理の歯車”だな。)
隣に立つヒナが、小声で囁く。
「マオくん、大丈夫? 初日から緊張してる?」
「……緊張、という感情を思い出そうとしている。
「うん? それ、どういう意味?」
マオは答えず、前を見た。
壇上には学園長が立っていた。
銀髪に白衣――その背後には、半透明の立体紋章が浮かんでいる。
「久遠学園に集う者たちよ。
汝らの力は、理を成す礎となる。
異能とは混沌の力にあらず――理を守る秩序の証なり。」
朗々とした声が講堂に響く。
生徒たちは一斉に胸へ手を当て、静かに唱和した。
「理の名のもとに、我ら秩序を誓う。」
講堂の空気が揺れ、
天井の理符が同調して金色の光を放つ。
その瞬間、マオの中で何かが反応した。
(……理の共鳴。
だが、これは“自然”の共鳴ではない――強制だ。)
封印の瞬間に感じた“理の軋み”。
あのときと同じ波動が、わずかに講堂を震わせていた。
ヒナはそんな異変に気づく様子もなく、
「すごいでしょ、光が全部魔力で制御されてるんだよ!」と目を輝かせていた。
マオはその横顔を見つめ、静かに呟く。
「……人は理を信仰し、理を神と呼ぶのか。」
「うん? なに?」
「いや。少し昔のことを思い出しただけだ。」
(理に祈るとは……神が不在の世界か。)
式が終わると、生徒たちは拍手とともにざわめきを取り戻した。
異能による浮遊装飾が消え、金の光が静かに消えていく。
講堂の外、渡り廊下から見える空は澄み切っていた。
ヒナが嬉しそうに伸びをする。
「はぁ~、終わった終わった。
ねぇマオくん、校舎見学行こ。初日から迷子になっちゃうよ。」
「迷うこともまた、学びの一つだ。」
「もう、そういう言い方ほんとズルい!」
ヒナが笑う。
その笑顔に、マオは一瞬、記憶の底で別の笑みを思い出す。
かつての勇者――リアン・グラン=アーク。
彼もまた、同じように微笑んでいた。
(……この世界の“光”もまた、人の形をしているのか。)
ヒナが小走りで階段へ向かう。
「さ、行こ! 街のほうも少し見てみたいでしょ?」
マオはしばし空を見上げた。
理符が微かに明滅し、天井の彼方で“理の塔”の影が揺れる。
「……ああ。見ておこう、この世界の“外側”を。」
――こうして、マオは初めて“人の群れ”に立った。
理に支配された平穏の中で、
彼の中の“魔王”だけが、静かに不協和音を奏でていた。




