『久遠学園』
久遠学園の校門をくぐった瞬間、マオは足を止めた。
朝の風が制服の裾を揺らし、金属製の門扉がわずかに鳴る。
光に包まれた石畳の先に、白亜の校舎がそびえていた。
だが、彼の目に映るのは景色ではない――**“理の流れ”**だった。
(……この地に流れる“力”は自然のものではない。
誰かが、人為的に“理”を構築している。)
校舎の外壁を縫うように、淡く光る線が走っている。
それは装飾ではなく、**異能回路**だった。
〈用語補足:異能回路〉
久遠都市全域に張り巡らされた、異能エネルギー(エーテル)を制御・循環させる光の導管。
学園を中心として街全体を支える“理の血流”のような存在。
マオはわずかに目を細める。
魔界で見た魔術回路とは違う。
こちらの“理”は整いすぎており、生の歪みを感じない。
まるで神の手が人間の理を設計し直したかのようだった。
(この世界……自然ではなく、“整えられている”な。)
「マオくーん、立ち止まってどうしたの?」
振り返ると、ヒナがこちらを見ていた。
柔らかな朝光の中で、彼女の髪が黄金に透けている。
「……少し、この場の“力”を見ていた。」
「力? ああ、異能のこと?
ここね、学園中の異能回路が集まってるんだよ。
久遠学園って、久遠都市のエネルギーの中心なんだ。」
「中心……つまり、力の“核”だな。」
「かく? 理? うーん……やっぱりマオくんの話、難しいね。」
ヒナは笑いながら首をかしげる。
その無邪気な声を聞きながら、マオは内心で“魔王”として分析を続けていた。
校庭に響く足音、遠くで鳴る鐘、誰かの笑い声。
平穏な日常の音に紛れ、彼だけが“違うリズム”で呼吸している。
この街全体に張り巡らされた“異能の理”が、彼にとっては不自然だった。
(……理が整いすぎている。
不完全であるはずの世界が、あまりに完璧を装っている。)
彼の胸の奥――“魔王”としての感覚が静かに警鐘を鳴らす。
理が完全である世界は、いずれ崩壊の臨界に達する。
それを、彼はかつて無数の世界の滅びで見てきた。
「おーい、マオくん!」
ヒナの明るい声が、その思考を断ち切る。
「……ああ。行こう。」
彼は歩き出した。
足元を流れる異能の脈動が、まるで都市そのものが呼吸しているようだった。
〈用語補足:異能都市・久遠〉
理の安定化技術を基盤に発展した超常都市国家。
“異能”が社会の基盤として認められ、人々は能力を階級や職能として用いている。
ヒナが問いかける。
「ねぇ、マオくん。初めての学園、どんな感じ?」
「……静かだ。だが、静かすぎる。
均衡というものは、常に歪みを孕むものだ。
それを完全に封じた世界は――脆い。」
「……また難しいこと言ってるー。でも……なんか、そういうの好きかも。」
ヒナが笑う。
マオは視線を上げ、空を見た。
高層ビルの上を滑るように浮かぶ光の帯――それも“異能回路”の一部。
この世界は、人の手で築かれた“理の牢獄”のように見えた。
(理を制したつもりの人間が、理に支配されている……か。)
その思考に、彼自身が微かに笑う。
皮肉にも、かつて世界を滅ぼした“魔王”と同じ構造が、ここにも存在しているのだ。
――こうして、マオの「学園での最初の朝」は静かに始まった。
その歩みの先に、この街の“真なる理”が待っているとも知らずに。




