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Joker oF Way  作者: 相野里緒
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第一部 定義(7)

 そのとき突然、青年の右脚が吹き飛んだ。

「!?」青年の顔が驚愕で歪んだ。

 空中でバランスを崩した青年の頭が次に吹き飛んだ。綺麗になくなる。勢い余った青年の体がそのまま倫にぶつかる。

「ぐうっ」倫が唸った。

 青年の首から盛大に血液が吹き上がる。辺りを真っ赤に染めていく。倫は急いで青年の死体を横に転がすと、瞬時に体制を立て直し低い姿勢をとった。周囲を見渡す。周囲には俯せたままの一央と見るも無惨な青年の頭のない体、夕焼けでオレンジ色になった倫堂屋と森のみ―――。

「……っ! 誰だ! 隠れていないで姿を現せ!」倫が怒鳴った。

「隠れていたわけではない。納藤、おまえが気がつかなかっただけだ」

 森の中から声が聞こえた。一央はどこかで聞いたことのある声だと思った。

「ほら、注意しないとすぐにそいつが再生する。頭を潰したところで良くて時間稼ぎだ。秘訣は、相手が復元するその前に行動力を奪う事だ」

 森の中から電流が空中を走った。青年の両足にぶつかり、治りかけていたらしい右足を巻き込んで両足が吹き飛んだ。次の瞬間青年の吹き飛んだ頭の下から半分が復元した。

「ちっ。三人目かよ……。狂ってるにも限度があるってもんだ。ちとやりすぎじゃねえのか」青年の出来たばかりの口が動いた。「ったくついてねえ」青年の頭が口から上から何もない。なんとも気味の悪い。

「取り込め納藤。死にたくなければオレの言うことを聞け」

「素性の分からぬ男の言うことを聞けと!?」倫が言った。

「今はそれしかない。おまえも頭では分かっているはずだ」

 倫は渋い顔をしたが、素直に言うことを聞くことにしたらしい。倫の足元の青年の下に楕円形の薄い炎が出現した。そのとき青年の頭が完全に回復した。

「おっと、ちょおっと待たないか倫? まだ吸収するのは早いと思うぜ。得体の知れない輩もいるみたいだしな? ここはどうだ。一旦原点に戻らないか?」青年が身振り手振り言った。

「原点……に戻る……?」倫がゆっくりと言った。

「そう原点だ。元を辿ればそもそもオレ達は殺しあう必要がない。理解? オレ達は手を組むことができる。それはとても素晴らしいことだ。世界平和万歳? ラブアンドピース精神だ」青年が右手を倫に差し出した。

 倫は冷めた視線で青年を見た。「オレをハンバーグにするとか言っていなかったか」

「それは……」青年が視線を泳がせる。「……言葉のあやだ」最後はなんとか倫に視線を戻した。

「……」倫が青年を跨いで森の方に歩いて行った。

 青年は動かせる顔だけを曲げて、背をこちらに向けて歩いて行く倫を見る。「……まずい」

 青年の下にある楕円形の炎に青年が徐々に吸い込まれ始めた。炎の下はただの地面しかないはずだが、青年の体のもう半分が吸い込まれた。青年は必死にもがいた。しかし、ちょっとでも炎から出ようものなら電光石火で電流がそこを吹き飛ばす。最初に青年の右足と頭を吹き飛ばしたのもこの電流だろう。

 青年が静かになった。どうやら逃げ出すのを諦めたらしい。「はあ、まったく……」青年がぽつりと呟いた。「おまえさんだけだ。オレに危害を加えなかったのは。おまえみたいな一般人に話し掛けるなんて、オレもおかしくなったもんだ」一央を見て言う。

「……。……あんたは死ぬのか……?」はいつくばった一央が青年に聞いた。

「死ぬと思うか?」青年が聞き返した。「お前たち人間とは体のできかたがちょっと違う。死にはしない。少し長い眠りにつくだけだ。しかしこれは愉快だな。このオレを怖がらないとは。おまえみたいな一般人は珍しい」

 青年はこちらを深い、何も映さない漆黒の瞳で見る。「いいことを教えてやろう。倫は性悪のやつだ。あまり近づかないほうが、いざっていうときのためさ」

「違う。倫はいい人だよ。あんたとは気が合わないみたいだけど」

 青年はこたえなかった。青年が少しずつ炎に呑まれ、残すは鼻から上だけになった。

 一央は立ち上がった。倫のほうを見る。倫はこちらに背を向けたままだ。倫は何も言わない。

 一央は青年を振り返った。青年はまだこちらを見ていた。

 そして名の無き青年は消え去り、青年の姿が見えなくなった。

 倫は青年が消えるその最後の瞬間まで一度も青年を振り返らなかった。




     #




 倫は硬い眼差しを深く暗い森の一点に向けた。視線の先は手前の大木の麓。気づきづらいが一人の男が立っている。全身を黒いコートに包んだ怪しげな男。

「顔色が良くなったようで結構だ。おまえに会いに来た、納藤」

 コートからはみ出す両手の右手だけに黒い手袋を履いている。間違いない。村上翔人―――。

「何者だ貴様」倫が警戒したような雰囲気で言った。

 村上が一央をその鋭い目で見た。「あそこの少年から聞いていないのか。名刺も渡したんだが。……まあいい。私の名前は村上翔人。どうぞよろしく」淡々と村上は述べた。

「オレに会いに来たというがなんのようだ。蔵書にでも目を通したいのか?」

「いや。私には必要のないものだ。もっと必要としている人がいる。そいつに見せてやりたくてな」村上が森の中から出てきた。夕焼けがその顔に深い影を落とす。「ぜひとも承認を得たいところなんだが」

 倫は無言のまま動かない。気のせいか、倫から発せられていたあのけだるい感じが感じられなくなっている。「すまないが無理な相談だ。うちの蔵書にあやかりたく、よく来る者がいるが、時と場合による。最近、一人の女性を断ったばかりだ」

「納藤。忠告しておこう。おまえは最近になってようやく使い魔を作り上げたようだが、私は七歳の頃には既に一体召喚していた。世間はよくおまえを最強の新人だと褒めたたえるが、所詮井の中の蛙。世の中は広い。敵わない敵もいることを今ここで教えてもいいぞ」村上がフードを脱いだ。現れた短髪の男は静かに、明らかな敵意をその瞳に燃やしている。

「生憎と今はやる気分じゃない。今ならまだ見逃してやるぞ」一央は村上が言うと思っていた台詞を倫が言った。

 村上は腰の辺りから名刺入れを取り出した。「納藤。最後の忠告だ。おまえは私に動かれると厄介なことくらいは理解できるだろう? 蔵書まで案内をするんだ」村上は何食わぬ顔で名刺をいじり、一枚を取り出して倫に向かって指ではじいた。名刺が倫の足元に刺さる。

 一央は後ろを振り返った。楕円形の炎は消えてはいるが、その跡は残っていた。そして二人の人間を越えた戦いをした傷跡を眺めた。あんなのがもう一度繰り返されると思うと、一央は寒気立つ。

 前を見ると、ちょうど二人が戦う前兆のところだった。倫の腕には炎が、村上の腕には電流が宿る。一央は倫堂屋まで走り出した。

 そのとき一央はとてつもない悪寒を感じ取った。思わず足を止める。振り返ると、倫と村上も固まっていた。いや、村上の方はしきりに何かを喋っている。

「なんだと!? 退がれだと!? なぜだ!」村上は体と持ち上げて突き出した電流を宿す腕は倫に向けたままで、顔だけ右肩を見ている。目を凝らすと、村上の右肩に白い物体が乗っている。一央は、有里沙といたときに襲ってきた白いどろどろした人間のような人間ではない物体を思い出した。「……。たしかに理は適っているが、あいつだけは見逃せん。少し待て。……。ああそうだ。……。……貴様、ロバと言うなとあれほど……。……。だから私をロバと称するのはやめろ! わかった退く! そこで待っていろ!」

 村上は怒りで震える顔で倫を睨みつけた。村上の頬が紅潮している。「……近いうちにまた来る……。」

 そう言うと、村上は踵を返して倫堂屋とは反対側に去って行った。村上の姿が小さくなっていく。

 倫は深いため息をつくと、両手を胸元まで持ち上げて炎を消した。倫が体の向きを逆転させ、一央に向き直った。その顔には疲労の色はなく、むしろ生き生きとしているが、どこか悲しい笑みをその口元にたたえていた。

「少し時間を借りれないか? いくつか……説明しなくてはいけないことがあるようだ……。行こうカズ」何かを戸惑い、迷っているかのように倫は一央に言った。


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