第二部 少女の空想(1)
第二部 少女の空想
一体そこはどこなのか。
産まれた場所がスラム街という特殊な空間であるということを、私はいつからか無意識に理解はしていたが。
私はダンボールと廃材でできた簡素すぎる家で、兄と二人暮らしだった。
両親は初めからいなかったのだと思う。なぜなら、彼らの顔を見たことなど一度もなかったから。
夕焼けの向こうに父親と母親に手を繋いでもらっている幸せそうな子供を見かけたことは幾度となくある。そのたびに両親は初めからいなかったのだと思うようにした。
たった一人の家族である兄は優しくて、私のヒーローだった。
よくわからない大きな人達に私が囲まれて動けなくなったときも、兄だけはいつでも連れ出してくれた。彼が私にはとても眩しくて、彼と一緒にいるとき、私の心はいつも黄金色だった。
無為自然に過ぎ去る日々の中で、彼の背中を見て私は育った。
だけど、死という概念は遠慮を知らずに横槍をいれてくるらしい。
雨粒が地を激しく叩くとある日の夜中。一人の少年を私は見かけた。
傘もささずに雨にうたれるがままの少年に近づいた私は彼に問いかけた。どうしたのだ、って。
彼は応えなかった。代わりに私は背後から誰かに乱暴に引っ張られた。
誰かに後ろにとばされた私の目の前には細身の男が立っていた。
男は早口にぶつぶつと気味悪く呟いていた。
不意に、少年の足元が奇妙で規律のとれた円状に光った。
暗い雨の夜を照らしあげるその赤黒い光は、よく見えていなかった少年の顔を映し出した。
雨のせいだろうか、あのとき少年が泣いていたように見えたのは。
少年は頓着ない表情で私を見ていた。だけど、どうしてもその目は僕を助けてくれと、僕をここから連れていってと私に訴えているように見えた。
きっと雨のせいだったんだ。だって、あのときの雨はいやに肌に張りついて気に障っていたから。
私は飛び出していた。
少年を両手で円の外へと押し出していた。
彼から変な気分みたいなものが乗り移ってきて体内に寄生してきたけど、私は気にしなかった。雨の方が鬱陶しかったし。
急に私が気持ち悪くなったのはそのときだった。
体が重くて、立っていられなかった。もちろん私は倒れたんだと思う。
悔しかった。兄のように誰かの手を握ってあげることができなくて。
未練がましい。あのときの私はその一言で説明がつく。
唐突に私の体が消え始めた。
足の末端が光った。そして徐々にそれは広がっていった。
霊となった―――ちょっと特殊だけど―――今では何が起きたのかわかるけど、あのときは何がなんだかわからなかった。それでより強く生きたいと思ったのかもしれない。
とにかく私は生きたいと望みながら白い影みたいな光になって消えていった。
あの気に障る雨粒は肌に触れることなく通り抜けていった。そのせいで言い訳を当てつけるものがなくなってしまった。
だけど、途中でいきなり私が消えていくのが止まった。
希望みたいなものが見たくなった。それで最初に消えていった脚を見たけど、消えていった脚はちゃんと消えていた。それでも助かったんだと、胸を震わせた。
そのとき突然、白い光になる代わりに私は一気に黒い影となって消えた―――。
わけがわからず、消える最中、私は私の運命にただ怒りが湧いた。
そして人生のやり直しを欲した―――。