第一部 定義(19)
「……そうだね。最初、君の姿を見つけたときは正直、驚かされた。なんでここにいるんだろう? でも、君が納藤と一触即発の雰囲気で話をしているのを見て、ピンときたよ」
「……止めるなよ」
霙がクスリと笑った。
「君は変わらないなあ」
「ぐ……」
「君を止めるつもりはないから安心してよ」
村上は呆けた顔になった。
「……意外だ……」
「……え?」
村上は手の中の氷をしげしげと眺める。
「霙の性格なら、私のことを止めるかと思っていた。昔、よく考えずに突っ込んでいた私に、霙はしょっちゅう文句を言っていたからな。今では理解できるが、あの頃の私はそれに反発して喧嘩になったな……」
「ああ。そういえば、君はいつも先走っていたね。言っても聞かないんだ。口癖にもなるさ、それは」
「……霙。お前は随分と変わったな……。言ってくれ。何がお前をそんなにも昔と変えさせたんだ?」
単刀直入に問い掛けた。霙の姿が見えてはいないが、逡巡する顔が思い浮かぶ。
「そうだね……。何か変わったかと言えば変わってるかも。だけど、私は何も変わってなんかいない。私は今まで通りに、あなたに小言を言いに来たんだよ」
霙はそこで言葉を切ると、溜息混じりに葉と葉の間から覗く満月を見上げた。
一本の木を挟み背中を合わせて地面に腰掛ける二人が、月明かりによって闇の上に鮮明に映しだされた。
「最近、霊媒師が何者かによって殺されて回っているって聞いたんだ。共通点が見つからずに不可解極まりない事だ、って。でも、彼らは皆、翔人と私には関係のある人なんだよ。師匠が死ぬ原因となり、私が、この腕に霊を宿す原因ともなった人達」
悲しみに溢れた記憶の一面が脳裏に蘇る。
村上は、腹部を半分無くした師匠の血まみれで衰弱しきった身体を抱き、霙は師匠の真っ赤な手を握ることしかできなかった。
「あなたは、まだ殺し続けるのかい?」
村上は目を逸らすかのように目を細めて手の中の氷を見つめるだけ。
閑静とした夜の森には、月光と霙の静かな声だけが漂う。
「激情に身を任せてはいけない。身を亡ぼすことになる。私は……、それが悲しくて堪らないのよ……」
気まずい沈黙が二人を包み込み、村上は一層顔を上げづらくなった。霙は背後の木の反対側にいて、村上の顔を見ることはできないというのに。