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Joker oF Way  作者: 相野里緒
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第一部 定義(1)

   第一部 定義





 燦々とした日の光で照らされている深い森がずっしりと横たわっていた。どこまでも続く森林の手前には、緩やかな勾配の草原が続いている。絶え間無く吹く軽やかなる風に合わせて草花がたなびく。

 揺れる草花に紛れて、一人の少年が仰向けになっていた。

 綺麗だが所々はねた髪を有し、か弱い子供の狼のよう、そんな表現がしっくりくる。

 頭の後ろに手を組み合わせて枕とし、両足はぞんざいに放り出され、そして微かに寝息を立てている。少年の髪も草花と一緒に風に揺られ、その髪先が広がる。

 少年の顔の横にスケッチブックが二本の鉛筆と共に置かれていた――もとい、放られていた。上側を向いている表紙は真新しい黄色で、そこまで使い込まれていないようだ。

 風でページがめくられていくスケッチブックはよく見てみるとめくられる全てのページが真っ白で、何も描かれてはいなかった。

 スケッチブックに一人のスカートをはいた少女の影が落ちた。風で揺れている長髪を有している。少女は腕を伸ばし、先程風でめくられていくスケッチブックに飛ばされた鉛筆を二本、拾い上げた。そしてそのまま腕を横にスライドし、スケッチブックも拾い上げる。小さな溜息をしながら胸元の高さまでそれを持ち上げると、器用に右手の人差し指と中指で鉛筆をはさんで持ち、残りの指でスケッチブックを支えた。

 しばらくその長髪の少女はスケッチブックを眺めていたかと思うと、ゆっくりとページを一枚、めくった。

 心なしか、少女は若干緊張しているよう。指先にうっすらと汗が滲む。

 めくった先の、最初のページはもちろん真っ白。

 やや緊迫感が漂う空気を纏っていたが、それは霧散して消えた。が少女は、何を諦め切れないのかページをめくる左手は留まることを知らない。高速でページをめくっていく少女の瞳には期待の星が。

 しかしめくるページは全て白い。全くと言って使われていないようだ。

 少女の綺麗な指先が、その繰り返す運動をだんだんとにぶらせ、しまいには止まってしまった。掴んでいためくりかけのページから指を離す。

 少女はジト目でスケッチブックを見つめた。

 少女はその本当に真っ白で、何も描こうとされないページに手を優しく置く。

 ――こいつは何も描いていなかったのか……。

 置いていた手を離すと、少女は今度は少年を見つめた。

 よく見ると割と整った顔立ちをし、目や鼻といったパーツの形や位置も端正な面持ちのそれだ。今は口をほんの少し開け、そこから寝息が発せられている。

 唇に目線が無意識的に集中。少女の口も少々開放。ややジト目だった少女だが、そうしているうちに柔和と表現すべきような瞳へ。

 しばらくこの状態が続いた。そよ風で揺れる草花や森林の葉の音はシャットダウンされ、少年の寝姿に完全に魅入っている。

 ほどなくして突然強風が吹いた。少女の長髪が広がる。

 一瞬だけの強風だったがそれは少女を現実世界に引き戻すには十分だったらしい。

 少女がハッとし、思わず手に持ったままだったスケッチブックを落とす。地面に落下し散らばるスケッチブックとえんぴつ。

 少女は先程までの自分の行為に頬を上気させながらもスケッチブックを拾おうと手を伸ばす。

 と、スケッチブックが風に吹かれてページがめくれていった。

 ページはどんどんめくられていき、最後のページまで来てしまった。

 最後のページには、少女の姿が描かれていた。

 少女はそのまま拾い上げる。

 ――なんで私の絵を描いているのだ、こいつは。

 疑問符を浮かべている少女の肩にいきなり女性の手が置かれた。

 後ろを振り向くと赤髪短髪でニヤッと笑っている女性が見えた。年は二十代前半といったところか。

歌織かおり」少女が呟いた。

「見てたよー、アリサ。あんたも可愛いとこあんじゃない! いやー、なかなかの青春っぷりだった!」

 うんうんと首を振る歌織と呼ばれた女性。

「眠る愛しい彼もまたかっくぃぃ。私、うっとりしちゃいました。ってな感じ?」歌織が有里沙ありさをからかう。

「なんで私がこいつにうっとりするんだ。こいつはただの幼なじみだ」

「幼なじみってのはねぇ、そういう恋愛的な要素が一つや二つはさぁ、もうひゃくぱーくっついてくるもんなんだって。あなたもさっきまでリンゴみたいに顔真っ赤っ赤だったわよ?」

「真っ赤だと何かあるのか?」

 首をかしげながら聞くありさ。

 その動作を見たかぎり、どうやら本気でわかっていない。

「そういえば、あなたってこういう知識が全くと言っていいほどないんだったわね……」歌織が嘆息まじりに言った。

「そうね……」

 指を顎に当て何やら考え事を始めた。

 ――キスって教えたっけ?

 次はキスを教えようと決め込み、有里沙に視線を戻すと、有里沙の手元にスケッチブックを見つけた。そこに描かれた有里沙の姿も。

「あれ? アリサは自画像描いたの?」

「私のじゃないぞ」

「じゃあいったい誰が……」

 今日は自然をスケッチするはずなんだけどなーと思いつつ、一つの可能性にたどり着く。

「ははーん。なるほどー」視線は寝ている少年へ。

「カズかぁー。うぶなことやってんじゃない」笑いながら言う。

「なんでカズは私のことを描いたんだ?」

 有里沙はくりっとしたややツリ目気味の瞳をカズと呼ばれた少年に向ける。

「それはね、あなたに恋してるからよ」

「恋……?」再び歌織に視線を戻す有里沙。

「そうよー。恋ってのはねー……」

 その時カズが寝返りをうった。有里沙の足にくっつくほどに。

 有里沙の顔が紅潮し、萎縮してビクッとする。

 しかしカズはまだ起きないのか、はたまた良い枕を発見したと思ったのか、有里沙の脚に腕を巻いて俯せの姿勢をとった。

 そこまでされるとたまったものではない。

「カ、カズ。お前は……なぜ、いきなりくっついてくる!!!」

 有里沙はそう叫ぶと、くっつかれていない右足を大きく振り上げ……、カズの顔面をおもいっきり蹴り飛ばした。

「ふぐぉ」

 クリーンヒット。

 鈍い音と共にカズが苦悶の声を漏らす。そして足がのめり込んだ顔面が後ろに首ごと勢いよく曲がり、一瞬遅れて体がまるごと吹き飛んだ。

 三回ほど草花を巻き込んだバウンドをしながら吹き飛ぶと、ゴロゴロと転がって行き、やがて俯せの状態でパタリと動かなくなった。バウンドする際には吐血したようなエフェクトが見えた気がした。

 有里沙はまだ顔を赤らめながらも脚を下ろし、頬をぷくっと膨らませている。腕を組んでそっぽの方へ顔を向けた。

「おーおー、飛んだねー」

 わざとらしく右手を両目の上にかざし、左手は腰に当てた歌織が言った。そして今度は腕を組み、カズへと向かって歩いて行った。歌織の向こうではカズが腕を使って上半身を起こそうとしている最中だ。

 しかしカズはなんとか体を起こし地面に座ると、腕組みした女性の影が落ち、さらには妙な威圧感がすることに気づく。

 嫌な予感のせいで青ざめた顔を上に向けると、にっこり笑顔の歌織が。

「カーズーヒーロー?」表情一つ変えずに言う。

「か、歌織先生……」

 あははっと苦笑いを浮かべながら、ずりずりと後退を始める一央かずひろ

「今、お昼寝の時間じゃないよねー?」

「は、はい」

 一央は今だに後退中。ずりずり。

「じゃ……私が怒る理由もわかるわよねー?」

 歌織の、腕組みをはずし組み合わせた手からポキポキと相手を威嚇する音が聞こえる。

「あはは、は……。って、ダッシュ!」

 もう笑ってなどいられない。そう悟った一央はバッとからだを翻すと、脱兎の如く駆け出した。

「待てやコラー!!」

 女性とは思えない啖何を切ると、こちらも猛ダッシュ。

「殺るぞコラー!!」

「どういう意味で言ってんだよそれ!!」

 二人は有里沙を残して遠くまで行く。有里沙は尻目にそれを捉えると、膨らませた頬を直し腕を下ろし、いつの間にか落としていたスケッチブックを拾いあげる。有里沙の姿が描かれたスケッチブック。歌織は恋しているからだと言った。

「恋……」

 胸が急に苦しくなり、思わず抑える。

 これが何の感情なのか。有里沙はわかっていなかった。それでもこれは大切な想いだということだけは、わかっていた。

 顔を上げカズと歌織が走り去った方向を見つめた。カズと歌織が仲良くしていたことを思い出すと、妙にいらついてきた。

 有里沙はまた頬を膨らませると、スケッチブックの自身の姿が描かれているページを開き、そのページだけ綺麗に破りとった。破りとったページは折りたたみポケットにしまう。

 そしてまた、カズが走り去った方向を見つめた。

 風が吹き、有里沙の漆黒の長髪が踊った。


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