第一部 定義(15)
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倫とアリサが対面しているベランダが伺える。森の境目辺りから村上ともう一人の男が二人を見上げていた。ベランダの二人には気づかれていないようだ。
「まったく……。あれが貴様の妹とはな」村上が近くの木に寄り掛かりながら言った。「兄妹揃ってなんとも恐ろしい」
「そう? オレにはわかりえない事かな」男は村上の正面に背を向けるようにして立ち、ベランダの倫とアリサを眺めながら言う。「あんたはそこで何をしてんの、村上翔人? そんな奥では見えるものも見えないと思うけど?」
村上は目の前の男の背中を睨みつけた。「ここからでもあそこの二人はよく見える。それと本音を漏らすと、霊である貴様に近づくことが躊躇われてな。寿命が縮むやもしれん」
男が笑った。「するとお前の姉弟子は酷いな。今ではどれほどの命が削られているのか。考えただけでゾッとするね。あの集落のやつらなんて見捨てればいいのに」
村上のこめかみがピクリと痙攣した。「ほお。お前はそんな知ったような口を叩けるのか」
「おお!? 短絡的だなあ。ちょっと待てよ」男は村上に背中を向けたまま両手を上げた。「ここでやったらばれちゃうよ?」
村上が右腕を男に向けた。一筋の電流がその腕を走る。「ばれない程度にやるさ。で、彼女がどうしたって?」
村上の腕から電流が飛び出し、男の膝から下を吹き飛ばした。男の体が地面に落ちる。「くははは! どうしたもこうしたも、あいつは自ら命を削ってんだぜ? やってらんねえよ。人生長生きしなきゃ―――」
男の頭がまるごと消し飛んだ。村上は残った男の体に近づく。「貴様に訂正を求めた私が馬鹿だった。貴様がまともな回答をするわけもない。それに貴様に頼る必要など元々ないのだ。いい加減、成仏するんだな」
村上は男の真上に手を翳す。
そのとき、地面に倒れ伏している男が立ち上がった。ないはずの両足が生えている。
「な……っ」村上は目をみはった。使い魔でもない男が、それと同じかそれ以上の早さで回復を行っている。このような霊が存在するなど、聞いたことがなかった。
頭がない男の体は機敏に動き、村上の喉を掴むと、そのまま木に叩きつけてより喉を掴む手に力を入れる。
「……っ、……!」村上の顔が一気に青白くなっていく。息が出来ていないから、というだけではないだろう。
男の頭部が復元した。現れた顔は笑みを浮かべている。「頭を狙うのはグットだが、心臓を狙わなかったのはバッドだな」至近距離で男は言った。「どうだ。苦しいか? だろうな。それが死の苦しみと冷たさだ」
男は村上の喉から手を離した。村上の体が崩れ落ち、木の根本に座り込んだ。
村上は痛む喉を抑えながら顔を上げて男を睨む。「貴様、本当に霊なのか……? どんな体している……。一体何なんだ貴様」
男は首に手を当て、骨を鳴らしながら言った。「化け物だよ」