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Joker oF Way  作者: 相野里緒
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第一部 定義(14)

 再び妖しい笑みで倫を見つめる少女は、汗一つかいていない。涼しい顔をし、その瞳を細める。

 倫は荒い呼吸が止まらない。準備もせずに急に上級呪文を使ったせいだ。苦しそうに息を吐いては吸う。

 更に今のは防御系統の呪文ではなく、包み込んだ相手を極度の圧力で押し潰すという圧倒的に危険な攻撃系統の呪文だ。それを相殺する――しかもただの少女の叫び声で――など、有り得ない事だった。

 倫は壁に手をついて体重を預けながら立ち上がった。「お前……。その感じ……。一体、誰だ……?」

 倫がずっと気になっていた事だ。普段の有里沙から感じるやや冷たい空気が、全く感じない。集まっていた霊が消えてから何も感じなくなったのだ。むしろ何もかもが混濁したものが感じられる。

 少女がクスリと笑った。「フフフ。そうね。倫は見たことがないかもしれないわね、本当の私を。特別に赦してあげる」少女は倫の前まで歩み寄ると、倫の頬にその白い手を当てた。

 ――っ!! 寒気が、しないっ。

 倫は驚かずにはいられなかった。霊であるならば肉体接触したときに感じるはずの生きた心地すらしない寒気がしない。普段の有里沙もしない事はしないが、今は場合が違う。

 少女は、倫の左頬の切り傷に沿って指先を滑らせた。

「ぐっ」倫は苦痛に思わず声を漏らす。かなりの圧力をかけられたようだ。

 次に少女は壁についた手と脇腹を押さえていた倫の手をとった。倫はバランスを崩すがなんとか持ちこたえる。倫の両手にもできていた切り傷に少女は手を当てる。

 再び強い圧力がかかる。今度は声を出すのをなんとか堪える。

 倫は少女が放した自分の両手を見た。あの治るには数日を費やすであろう傷が――傷跡があるが――治っていた。どうやら圧力をかけ、無理矢理接合したらしい。

 ―――無茶苦茶してやがる。

 倫が自分を見ていることに少女は気づくと、何かを期待するかのような目をする。倫は瞬時に理解した。

「……すまない」倫が言った。

 しかし少女は聞こえなかったのか、表情を変えない。

「あ、ああ。ありがとう」倫は急いでまくし立てた。

 ―――野生のカンか?

 倫は苦笑しながら内心自嘲した。

 少女の顔に歳相応の笑顔が広がる。「あなたはやっぱりいい人ね倫。素敵よ。とっても素敵」手摺りに左手を乗せ、手摺りに体を預けながら空いた右手でこうこうと光る月を指す。「ねえ倫。お月様がキレイなのよ」

「そう、だな。ああ、綺麗だ」しどろもどろになりながらも倫はこたえた。そうして自身も月を見る。

 ちょうど満月だった。完璧な円を描いている。雲一つない夜は月明かりを遮るものが何もありはしない。手前の森も、遠くに見える民家も、あまつさえは空気さえも謙虚に照らし上げられている。澄んだ空気を肌に感じると、先程の少女へのピリピリした警戒心が少し緩んだ気がする。

 しばらくすると、小さな足音が一つ、少女の方から聞こえた。倫が少女の方を振り向くと、少女は月ではなく倫の方を向いていた。

「今、気づいちゃった」透き通るような声で少女は言った。「あなたに自己紹介がまだなの。納藤倫。知りたい?」

 少女の鋭い笑みからは否定を許さない事が読み取れた。恐ろしい笑みだ。断ればついさっきのように、何が起こるか分からない。ただでさえ今は、急激にエネルギーを使い過ぎて体力の消耗が激しいのにだ。それに、元より倫は目の前の少女の正体が知りたかったのだ。拒む理由がない。

 倫は首肯した。顎から汗が滴り落ちた。

 それを見てとると、少女は五本の指を突き立てるようにして自分の胸に当てた。「はじめまして倫。私は霊よ。ただし、あなたが知っているような霊じゃないわ。霊であり霊でない」

「霊であり霊でない? どういう事だ」倫が驚きを隠せないかのように口を挟んだ。「まさか、第三の存在か? なら―――」

 言葉を繋げるより先に倫は突風を感じ、喋る事ができなくなった。倫は耐え切れなくなり、膝をつく。すぐに突風は収まった。

 月光を浴びている少女が顔をしかめた。「私がお話をしているのよ? 邪魔しないで」少女は気を取り直すように手を叩いた。「とりあえず、あなた達が何と呼んでいるかなんて知らないけど、私は霊であり、それと一緒に霊の一つ上の存在なの。分かる? それならお次は本当の私を大公開!」少女が腕を広げる。

 少女は倫が応答していないにも話を進めた。少女はしゃがみ、膝をついている倫と目線の高さを合わせる。「私はアリサ。本当のアリサ。正真正銘のアリサよ」倫の視界いっぱいに少女の顔が映る。倫は少女に鼻先を指でつつかれる。

 倫には正直理解不能だった。本当のアリサと言われても、普段から有里沙の事を見ている倫にとっては不思議でしかない。たしかに背丈や容姿は似ているが、普段のアリサは髪も肌も白くない。ならば本当のアリサとはどういう事か。

「わからないの?」アリサが目の前でしゃがんだまま言った。「そう。なら親切に教えて上げるわ。こう言えばわかりやすいかしら」

 アリサは立ち上がり、くるりと一回転した。白い長髪とスカートが広がる。そして今度は月の方を向くが、顔だけは倫を見ている。

「……私は二重人格者」ほくそ笑むアリサは言った。

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