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8. 怖い旦那様

 昨夜ベルナールの怒り顔を近くで見れなかった、と肩を落としたレオノラだが、その希望はすぐに叶った。一晩経った今朝も、ベルナールの額には青筋が浮かんでいたのだ。


「ベルナール様、今朝のスクランブルエッグも美味しいですね」

「…ニクソンに聞け」

「お顔が見れて嬉しいです」

「…………ニクソンに聞け」


 ベルナールの顔が好き、というアピールだが、毎日続けた事でベルナールは一々驚かなくなった。しかし、頭の可笑しい女、という評価は変わらないようで、相変わらず奇異な目が向けられる。


 それにしても、不機嫌なオーラがビシバシと伝わってくる食卓だった。使用人もそれを感じていて、皆が壁際ギリギリまで下がり、用を申しつけられないよう一心に祈るような顔をしている。


 屋敷ごと凍らせんばかりなベルナールだが、レオノラの問い掛けにはきちんと応えてくれた。単に余計に面倒なことにならないようにだろうが、それでもレオノラはそれが少し嬉しかったりする。

 これほど不機嫌でも会話ができるということは、少しは親密さが増したような気がするから。


「フフフ…ベルナール様と今日も朝食をご一緒できて、楽しいです」


 言葉通り、喜びの色が滲む笑い声に、相変わらず奇妙な珍獣を見る目が向けられる。


 しかしどうしたのか、いつもより長い時間、見つめられた気がした。


「出る」

「あ、お見送りします」

「……フン!」


 要らない、と言っても無駄だと分かっているのか、鼻を鳴らしたベルナールがツカツカと普段通りの足音をさせてダイニングを出て行く。

 そこでレオノラは小さく首を傾げた。朝食の席に着いた時は、不機嫌が滲む様にガツガツと靴を鳴らしていた筈だが。


 美味しい朝食を食べて機嫌が直ったのか?と内心疑問に思ったがそれを口にすれば途端に怒声が飛ぶのが分かっているので、いつもの挨拶で夫を送り出した。


「ベルナール様、いってらっしゃいませ」

「………」


 返事はなく、ベルナールの乗った馬車が遠ざかったと同時に、使用人達からホッと肩を落とす気配を感じる。


 文字通り、機嫌が悪い主人はこの家の者にとって恐怖の対象なのだろう。いつどんな不興を買うのか。そうでなくとも八つ当たりに理不尽な扱いを受ける危険だってある。


「……ホッ」

「ふぅ…」


 ほんの僅かにだが、所々で安堵に息を吐く声も聞こえてくる。

 そんな使用人達の様子を横目に、レオノラはあまり恐怖を感じていないことに、逆に申し訳なく思ってしまった。


 ベルナールの機嫌次第でどうにかなる可能性があるのは、自分とて同じ。妻という立場から使用人よりは安泰とはいえ、だ。

 しかし、前世の記憶から価値観も思い出したレオノラにとっては、ベルナールの機微は恐怖の対象ではなかった。


(離婚されたらしょうがないし。万が一暴力とかがあったら、さっさと逃げればいいんだし)


 貴族令嬢として生まれた者なら、夫から離婚を突き付けられることは何よりの恐怖だ。家の恥と罵られ、まともな再婚などまず望めない。それが貴族社会の常識である。

 しかし前世の記憶で21世紀の日本に生きたレオノラからしてみればナンセンスだった。


 理不尽に虐げられて黙っている必要はないし、逃げ帰れば迎えてくれる家族がいる。家の恥になるからと、家族にすら甘えられない令嬢は多いが。レオノラは、問題があればさっさと帰る気満々でいた。


 噂や外聞は大事だが、勝手に噂に興じる者は、新しい話題にどんどん飛びつく。五年もすればほとんど忘れられるような噂の為に、何十年もの人生を無駄にするつもりはない。

 再婚相手も、貴族に拘らなければ故郷で相手を見繕えなくもないだろうし。それに仮に一生独身でも、まぁ仕方ないし問題もない。


 この世界ではあり得ないだろうが前世での常識的な価値観も思い出したレオノラは、割と好き勝手にベルナールにちょっかいを掛けられる訳である。


 とはいえ、仲良くしたいのが希望なので、嫌われたい訳でも離婚されたい訳でもないが。

 

「奥様……」

「へっ!?あ、はい!」


 ぼんやりと考えに耽っていたところを現実に引き戻され、レオノラは慌ててニクソンに向き直る。


「あの、旦那様がまた失礼な態度を…」

「いえいえ。怒ってるベルナール様も素敵なので、平気ですよ」


 むしろ不機嫌顔と怒り顔と無表情くらいしか見たことがない。一々気にしていたらそれこそやっていけないだろう。


「……あの、奥様。お尋ねしても良いものか判りかねるのですが。奥様は旦那様のお顔を…?」

「はい。好きですよ。ベルナール様の顔。すっごく好みです」

「そうでございますか…」


 物凄く何か言いた気なニクソンの顔に、前世の友人達の表情が重なって思わず笑ってしまった。


「フフ。世間の女性にありがちな、一般的な趣味嗜好とは違う、ってこともちゃんと自覚はありますよ」

「左様でございますか。申し訳ありません。ぶしつけな質問を……」

「いえ。こちらこそ、ベルナール様を怒らせてしまってすみません。でもなんか可愛くて」


 怒ったり不機嫌になったり、それなのに律儀に「ニクソンに聞け」と返してくるベルナールが、どこか可愛く見えてしまう。そんなだから、若干ベルナールが怒りそうと分かっていて、わざとしている所も否定できない。


 しかし、そうしなければそもそもコミュニケーションが取れないのだから仕方ない。

 とレオノラは内心で開き直っておくと、朝食を続ける為ニクソンとダイニングに戻ることにした。


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