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69. 頃合いか

 ジッとレオノラは見詰めてみたが、肝心のベルナールは困惑に表情を歪めるだけ。「あー」とか「うー」と妙な呻き声まで聞こえてくる。


 流石にかわいそうになり、レオノラは助け舟を出していた。


「折角なら、ベルナール様のことを知りたいです。今日はなんのお仕事をしていたんですか?」

「そんなことを聞いて何が楽しい?」

「……でもベルナール様、仕事の他に話題が無いじゃないですか」


 またベルナールの「うっ」と怯んだ様に唸る声が聞こえた。そのままレオノラが待つこと数秒、覚悟を決めたのか、ベルナールが渋々といった様に喋りだす。


「こ、今年は麦の収穫量が例年より多い」

「そうなのですか?」

「ユーカロピア山脈の鉱山採掘が順調だと報告があった」

「それは良かったですね」

「南部地方で来月開催の大市に、警備人員の増員の為、王城の騎士団を派遣する話も出た」

「ミアレスの大市は毎年大盛況って有名ですものね」


 話題を探しているのだろう。ベルナールが難しい顔のまま絞りだす言葉に、レオノラは真剣に耳を傾けた。

 ベルナールが一言で話題を終わらせるから、厳密に言えば会話にはなってない。それでも、レオノラが話題を振れといえば、こうして色々と考えて話してくれるのだ。


 しかもこれが、ベルナールの中でかなり努力した結果なことも、レオノラは分かっている。


 途切れ途切れの報告を聞きながら最後のデザートまで食べ終え、食後のお茶が出されると、レオノラはクスッと小さく笑いを漏らしてから口を開いた。

 

「ベルナール様」

「な、なんだ…」

「今日は、私のためにありがとうございました」


 そう言った途端、ベルナールがポカンと口を開けて固まってしまったので、レオノラはもう一度、言葉を選んでから言った。


「ベルナール様が私のために、色々と考えてくださって、嬉しかったです。ありがとうございました。」

「……そうか。なら、いい」


 分かり易く言い直された言葉にようやく正気を取り戻したのか、ベルナールの眉間の皺が僅かに緩んだ。


 それと同時に、ベルナールは自身の中で心臓の辺りを掴まれたようにキュゥと痛みにも似た感覚が広がるのを感じた。


 レオノラの感謝の言葉も、ふわふわした笑みを向けられるのも初めてではない。しかし、はっきりとレオノラの機嫌を取ろうと意図した行動に対して、正面から手応えを感じたことはなかった。

 気を抜くと表情がゆるゆると崩れそうで、口元を引き結ぶのに必死になる。


 しかしレオノラの次の言葉に、そんな腑抜けた考えが吹き飛んだ。


「なのですが…次からは、お店を貸し切るのも、メニューを変えるのも、しないでください」

「はっ?…なっ!?なぜ?…なにか気に入らなかったのか?」


 緩んでいた眉間の皺がググッと再び寄ったベルナールに、レオノラは慌てて言い加える。


「ち、違いますよ。嬉しかったです。ただ、他のお客さんで賑やかなのも、季節のメニューを楽しむのもいいな、と思いまして」

「…うぅむ」

「それに、二人っきりならお屋敷の夕食で良いかな、と思うのですが」

「っ!?そ、それは!」


 バッと顔をあげたベルナールに、レオノラも自分の言葉の意味に「あっ!」と気付いた。


「それは、今後は夕食を共にする、ということでいいんだな?」

「え、えぇぇっと……」


 どうしたものか、とレオノラは内心で頭を抱えた。


 折角今日は用意してくれたベルナールに文句を言うつもりはなく、あくまでレオノラの好みとして外食の要望を伝えるつもりだったのだが。

 否定的にならないようにフォローしたつもりが、言い過ぎだったかもしれない。


 早く答えろと言わんばかりに睨みつけるような鋭い眼光を向けてくるベルナールに、レオノラは「えっと…」と言い淀む。


 そこまでのつもりはなかったが、今ここで否定するのは罪悪感が半端ない。それに、ベルナールの努力に少しだけ心が動いたのも事実だ。


 いつか夫婦らしく食事を共にするなら、ここが丁度良い頃合いかもしれない。


 うーん、と考えを巡らせたレオノラは、ハッとあることを思い出す。そういえば、もう一つベルナールに物申すべき事があった。むしろこちらの方が重要ではないか、と。

 夕食の件は、その答え如何に寄って決めれば良い。


 そう結論に至ると、レオノラはグッと膝の上で拳を握りしめた。


「その前に…ベルナール様。一つお聞きしますが」

「なんだ」

「今日の私の装いはどうですか?」

「……はっ!?」


 まるで知らない言葉を聞いたかのような顔をするベルナールに、レオノラは諦めずに繰り返す。


「今日は、ベルナール様と外食するために、相応しい装いになるよう、朝からたくさん準備をしたのですが」

「……そう、か…」

「ドレスもお化粧も、いつもよりも素敵に仕上がってると思いませんか?」


 言い聞かせる様な説明に、ベルナールは顔を上げレオノラの姿を上から下まで凝視してきた。

 緑眼の視線が上下するのを見ながらレオノラが「どうですか?」と再度促すと、ベルナールはなんと、まるで不快かの様に表情を思い切り歪めたあと、フイと顔ごと視線を逸らしてしまったのだ。


 流石のレオノラも、これには少しだけ唇を尖らせる。


「なんですか?お気に召しませんでしたか?」

「…そんなことより、今は今後の食事の話だっただろうが」

「その話もしますが、まずはこっちです」


 ベルナールはますます苛立ちで顔が険しくなっていくが、レオノラとて譲れない。

 横を向いて目を合わそうとしないベルナールを、ジッと見詰め続ける。


「今日のドレス、大人っぽく見えると思うんですが、どうですか?」


 何度目かの催促をしながら、レオノラは内心で思い切りため息を吐いた。

 レオノラとて、こんな風に自賛するような言い方は非常に恥ずかしい。『私、綺麗ですよね?』と聞いているようなものだ。

 それでも、はっきり言わねばベルナールに伝わらないのなら仕方ない。察して貰おうと言葉を飲み込むのは、この男相手には向かないのだ。


 そんなレオノラの羞恥を押し殺した必死の言葉に対して、ベルナールは何もかもが不快だとばかりにフンと鼻を鳴らした。

 

「お前の容姿や服装について、何も言うことはない」

「な、なんでですか!?いつもより綺麗じゃないですか?」

「いつも通り……目障りなだけだ」

「………」


 ……ほぅ。

 


ベルナール、なぜそうなる…


ここまで読んでいただきありがとうございます。

ブックマークやリアクションや評価くださった方々も誠にありがとうございます。


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