67. 待ち合わせ
翌日、レオノラは姿見に映る自分をじっと見つめていた。
「ケイティ。やっぱりルビーの方が良かったかしら?」
「今の真珠のイヤリングもとっても素敵ですが。ルビーにされますか?
「ええ。ありがとう」」
宝石箱から目当ての物を取ってくれたケイティに礼を言い、レオノラは耳飾りを付け替える。
今夜の夕食の為、レオノラはかなり気合を入れていた。
多少浮かれている面もあるが、それだけでなく。少しずつ努力している今のベルナールなら、ドレス姿を褒める、というハードルも飛び越えてくれるのでは、と期待したからだ。
「どう?これならベルナール様もちょっとは綺麗って思ってくれるかしら?」
「とってもお美しいです。旦那様も、見惚れて放心して醜態を晒すこと間違いなしです!」
今日のレオノラは、紺に近い濃い青のドレスで、大人の女性らしさを演出している。御用達ブランド“サン・ブラム”のマダムの自信作の一つで、今夜の様な夜の外食デートの為にと取っておいた一品だ。
長い金髪は上にまとめて上品に仕上げ、化粧も普段はレオノラの紅い釣り目を和らげるところだが、今日は大人らしく見せる為に際立たせている。
耳元の赤いルビーが紅い目と揃って、全体的に上品な今日の装いの中でアクセントになっていた。
ケイティと朝からドタバタと大騒ぎをした甲斐があり、“いつもより綺麗”な自分の完成だ。
これだけやっても、肝心のベルナールに無視される可能性が否めないのが悲しいところだが。
「…そうなったら、そのまま帰ってきちゃおうかな」
ケイティには聞こえないようボソリと小さく呟いていると、部屋の扉がノックされた。出発の時間だと呼びに来たニクソンに返事をして、レオノラは玄関へと向かう。
ベルナールは王宮から直接向かうとのことで、レオノラとはレストランの前で待ち合わせる予定だ。
「奥様、馬車も準備は整っておりますので、どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
レオノラが乗り込んだゲルツ家の紋章が入った馬車が、ゆっくりと動き出し王都を目指す。
本日ベルナールが予約してくれたのは、王都でも指折りの高級店だ。ケイティの事前情報だと、今は料理長が得意なホタテをメインにした魚料理が評判なのだとか。
「ホタテか~。今が旬だもんね」
魚介で言えばレオノラの好物はエビだが、旬のホタテを味わうのも悪くない。むしろ、かなり楽しみである。
「いや、それよりも、ベルナール様とのことよね」
料理は気になるが、それよりもレオノラが考えなければいけないのはベルナールのことだった。と小さく首を振ってホタテを脳内から追い出す。
ベルナールの夕食への誘い文句が日に日にまともな物になっていったのはレオノラも感じていた。そして今日は、外食を設定してくれたのだ、“夫”としては目覚ましい進歩だが、誰かに相談でもしているのだろうか。
「…ベルナール様が?恋愛相談?」
自分で口にしてみても、何を言っているのか分からなくなる。
それでもベルナールの努力と、その背後に好意を感じて、レオノラは少しだけ心が疼いた。
「でもなぁぁ」
しかし、まだ手放しでベルナールの胸に飛び込もうとまでは思えない。そもそも、好意と言ったって、どんな種類のものか、まだまだ安心できない部分が大きい。
「私って、割と頑固?根に持つタイプだったのかなぁ」
そんな風に思考を飛ばしていれば、目的地に着いたのか、馬車がゆっくりと停車した。御者が扉を開けてくれたのでそこから顔を出してみると、なんとベルナールが既に店の前に立っていたのだ。
「あ、ベルナール様…すみません。お待たせしてしまいましたか?」
御者の手を借りて馬車から降り、小走りでベルナールの前に立つ。
フワリと舞い上がったドレスの裾をそっと手で押さえたレオノラが見上げると、蛇の様に鋭い緑眼と視線が合った。
「……」
「…ベルナール様?」
視線が交差すること数秒の後、ベルナールは深く眉間に皺を寄せ、なんとクルリと背を向けてしまった。
「えっ?」
「行くぞ」
「……はぁ」
不機嫌さと苛立ちを含んだようなベルナールの声に、レオノラは気の抜けた返事を返してしまう。
着飾った妻に対し、感想がないどころか、挨拶の一言も無いまま行こうというのか。
これでは今までと何も変わらないではないか、とレオノラは、ここで帰ってしまうか、ダメ出しをするか、嫌味のひとことを飛ばすか。本気で少しの間悩んだ。
「……」
「…おい、何をしている!」
呆然としたまま動かないレオノラに焦れたのか、数歩先へ進んでいたベルナールが、大股で戻ってきた。
「まさか、気が変わったなどと言わないだろうな」
「…えっと」
「なんだ。何か不満でもあるのか?」
大いにある。と言い返そうとしたレオノラだが、そう聞いてくるベルナールの瞳が、不自然にキョロキョロと揺れているのに気付いた。
おや、と疑問に思いじっくりとベルナールを観察してみれば、額には汗が浮き、唇の端も少し震えている。
表情も、怒っているのかと聞きたくなるほど険しい顔だが、どこか緊張している様にも見える。
それに気づくと同時に、ここ数日のベルナールの様子も思い起こしてみれば、レオノラも肩の力が抜けていく。
「いいえ。行きましょうか?」
「あ、あぁ」
レオノラが二コリと笑ってみせれば、頷いた声には安堵が交じっているように聞こえた。それでも眉間に皺は寄ったままなのが気になるが。
色々と突っ込みたいことはあるのだが、レオノラはとりあえず、今は全ての不満を飲み込み、ベルナールに任せてみることにしたのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ブックマークやリアクションや評価くださった方々も誠にありがとうございます。




