66. 普通の誘い方
ベルナールの夕食への誘いは、その後も三日続いた。
先日の“命令”の時ほど酷くはなくなったが、レオノラはその誘いを全て断っていた。それでも、あのプライドが高い男が、何度も繰り返し誘ってくる姿に、少しずつ心が動かされている。
『どうせ食事を摂るなら、一緒でかまわんだろうが』『なにが気に入らない』『まさか、このまま食わないつもりか』
誘い文句に交じって非難めいた言葉も飛んできたが、そこには目を瞑っている。
「今日も誘われるのかしら…?」
自室で寛ぎながら、レオノラは横で控えていたケイティにポツリと漏らした。
「どうでしょうか?私にはなんとも…」
「あんまり断るのも、ちょっとだけ悪い気がしてきたわ」
「奥様。こういう時は思いっきり焦らしてやればいいのです!」
プンと頬を膨らませたケイティは、いつも通りベルナールに厳しい。が、こうして全面的に味方をしてくれる存在は、レオノラにはとてもありがたい。
小さく笑うと、レオノラは夕日の差す窓辺へと視線を向けた。
夕食の為か、ベルナールはここ三日は連続で夕方には帰宅しているのだ。
こんなに早く帰ってきて、仕事は大丈夫か、と心配になる一方で、今までの遅い帰宅はなんだったのかと少し問い詰めたくもなる。
それでも、これが他でもないレオノラの為なのは認めなければならないだろう。
「でもなぁ……」
ベルナールの態度は、まだレオノラの踏ん切りがつくほどではないのも事実。苛立ったような雰囲気で、悪態紛いの言葉が飛んでくることもしばしばだ。
夕食くらいなら、そろそろ一緒にしても良いかもしれないが。
そんな風にグルグル考えていると、部屋の外が僅かに騒がしくなり、レオノラは顔を上げた。ベルナールが帰ったのか、と窓に近付いて確認すれば、門から向かってくる馬車が見える。
のんびり考えている暇はないらしい。
レオノラはケイティを伴い、玄関ホールへ向かう。ホールの階段へ差し掛かれば、丁度階下でベルナールが玄関扉を潜ったところだった。
「ベルナール様、おかえりなさい」
「……………あぁ」
相変わらず眉間に皺は寄るし、返答まで間が空くが、それでもこうやって反応が返ってくるようになったのは嬉しい。
そのままレオノラは、ベルナールの次の言葉を待つように、額に冷や汗を流しながらキョロキョロと泳ぐ緑眼をジッと見詰めた。
「……そ、それで、だな」
「はい」
「あ、明日の…」
「明日?」
“今日”ではないところに僅かに疑問を覚え、レオノラは僅かに首を傾げた。
「明日の夕食だが、外食の予約を入れた」
「まぁ…」
「お前を楽しませる為に、考えた」
「…はい」
「だ、だから……一緒に、来てくれないだろうか」
レオノラは驚きに目を見開いた。
この普通の誘い文句は、最初の時に比べたら目覚ましい進歩だ。あとは、険しい表情が和らいでくれたら文句はないのだが、そこまで求めるのは酷だろうか。
それにしても、外食の予約といい、言葉選びといい、たった三日でここまで変わるとは、かなり意外だ。
「お誘いありがとうございます。嬉しいです」
「…っ!?そ、そうか?」
「はい。なので、明日ご一緒させていただきます」
「そうか!」
パッとそれまで気まずそうにしていたベルナールの顔が緩んだ様子に、レオノラは吹き出しそうになるのを必死に堪える。
「それなら良い。見ていろ。きっと気に入る」
「…はい」
まだ言い回しに偉そうな響きはあるが、ある程度はベルナールらしさだと思って突っ込まないでおく。
僅かに苦笑を漏らしたレオノラの横を、ベルナールはそのままさっさと通り過ぎて行った。もう用は済んだとばかりに自室へ向かう姿に、レオノラは「おや?」と困惑してしまう。
「あれ、ベルナール様?」
「なんだ?まさか気が変わったなどと言わないだろうな」
「あ、いえ…明日、楽しみにしております」
「そうか」
レオノラの言葉に満足気に頷いたベルナールは、またもや背を向けて廊下の向こうへと歩き出してしまった。
のだが、それでは今夜の夕食はどうなるのだろう。
まさか、明日のことばかり気にして、今日のことは考えていない、などということがあり得るのか。
浮かんだ疑問のままにレオノラが周りに視線を向ければ、困り顔のニクソンが眉を下げながら俯いている。若干の呆れと悲哀が混じった雰囲気に、レオノラは思わず聞いていた。
「…今日のお夕食は、部屋に運んでいただいて良いですか?」
「勿論でございます」
間髪入れずに返ってきた返答に、レオノラはやはりそうなるかと内心で頭を抱えてしまった。
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