65. 言い方
夜になっても悶々と考えていたレオノラだが、ベッドに横になっている内に眠ってしまったようで。気付けば朝になっていた。
心配事を抱えたまま寝たせいか、若干重い頭を抱えながら身を起こす。
「奥様、お目覚めですか?」
「ケイティ…おはよう」
「おはようございます」
扉の向こうから現れたケイティが、ニコリと笑顔を浮かべる。手際よく朝の身支度を手伝ってくれる様子はいつも通りだ。
ケイティも昨日の玄関に居たので、レオノラの冷たい拒絶の言葉を聞いていた筈なのに、何も触れてこない。
それも気になるが、それよりもレオノラの頭はこの後の朝食に対する不安でいっぱいだった。
(さすがに、朝食まで気まずいからって断れないよね)
自分から言い出したことなのだから、それを放り出すのは自分勝手というものだろう。
レオノラは身支度を済ませ、気まずさを飲み込みながら部屋を出た。歩きながら、この後はどう振る舞えば良いのかを考える。
昨日の言い方は少し冷た過ぎただろうか。しかし、あまり譲歩してはこちらの気持ちが納まらない。とはいえあそこまで悲痛な顔をされたら、何をするのも難しいというもの。
そんな風に考えているとあっという間に食堂にたどり着いてしまった。中では既に席に着いたベルナールが、いつもの様に眉間に皺を寄せている。
「ベルナール様、おはようございます」
「……あぁ」
「……………」
昨日の動揺ぶりが嘘の様に、普段と変わらない無愛想な返事。てっきり、もっと違う反応があるのではと身構えていたレオノラは、拍子抜けしてしまった。
たしか、好きだなんだと言われた筈だが、これが好きな相手に対する態度だろうか。それとも昨日のことを怒っているのだろうか。いやしかし、怒った様な空気は感じられない。
(……ま、いっか。あんまり塩らしくされたらやり難いって思ったところだったし)
しょぼくれたベルナールなどあまり想像できないし、急に態度を変えられるよりよほど落ち着ける。
妙に構えることなく普段通りに振る舞える気がして、レオノラは笑みを浮かべて、朝食の席に着いた。
「今日は暖かくて過ごしやすそうですね」
「そうだな…過ごしやすいな」
「今朝のパン、胡桃が入っていて美味しいです」
「あぁ。美味いな」
普段通り他愛ない話題を振ってみたところ、無愛想だと思っていたベルナールが積極的に会話を返してきたので、レオノラは目の前の皿から視線を上げた。
「ベルナール様の好きな豆のスープでよかったですね」
「そう、だな…よかったな」
視線を泳がせながら言葉を選んでいる様子に、レオノラは思わず口元を緩めた。
これは、相手も歩み寄ろうとしてくれているのかもしれない。
「そ、それでだな…」
「はい」
「今日の夕食だが」
堅くなった声でベルナールが告げてきた話題に、レオノラはほんの少しだけ首を逸らして考える。
昨日すげなく断ったのに、また誘ってくれるのか。今朝の会話も積極的に返してくれた訳だし、今度は誘いに乗ってみても良いかもしれない。
「ゆ、夕食を共にすることを、夫として命じる!」
「………」
一瞬でも譲歩しようと思ったことを、レオノラは深く後悔した。「前言撤回…」と小さく呟き、ジトッと冷たい目で相手を睨みつける。
「断固としてお断りします!」
「なっ!?」
「そんな風に命令されるなら、ベルナール様と一緒に食事したいなんて思いませんので」
「っ!!」
ベルナールは驚愕と絶望を織り交ぜた様に口を開いたまま固まっているが、驚いたのはレオノラの方だ。あんな言葉が飛び出してくると、誰が予想できようか。
冷たく言い放った言葉に後悔はないが、青い顔で固まるベルナールを前に食事を続けることも難しい。どうしよう、とレオノラも同じく固まっていると、横から救いの声が響いた。
「旦那様、そろそろご出仕のお時間です」
「……あ…あぁ」
まるでこの状況などなんでもないかの様に穏やかな声でニクソンが告げた内容に、ベルナールは戸惑いながら小さく頷きながら立ち上がった。フラフラと足元を揺らしながら玄関へ向かう様子に、レオノラも見送りの為に後に続く。
玄関を出る時までベルナールは「うぅ」だとか「ぐぅ」だとか唸り声をあげ、何度も躓いている。
悲壮な顔のベルナールが乗り込んだ馬車が発進し、その姿が見えなくなったところでレオノラは、はぁっと深くため息を吐いた。
決して自分は悪くない筈なのに、あんなに動揺されたらやり難い。
とはいえ、あの言い方は看過できない。
「……奥様」
「あ、ニクソンさん。すみません。私、また言い過ぎたでしょうか」
「いいえ。奥様に責任は一切ございません」
あまりに力強く言うものだから、レオノラが顔を上げて振り向けば、ニクソンにニコニコと微笑まれた。
「旦那様の態度に問題があるのは誰がみても明らかです」
「そ、そうですか……?」
「勿論でございます。ですので、今後もどうぞご存分に!」
小さく頭を下げたニクソンに続いて、後ろで控える使用人が一斉に同じ様に頭を下げてくる。
一糸乱れぬ揃いっぷりに、レオノラの方が唖然としてしまう。
ここまで肯定してもらえるなら、レオノラの対応に問題はなさそうだ。
うん、とニクソン達に向かって頷いたレオノラは、あの顔に流されて譲歩したりしない、と決意を新たにグッと拳を握ったのだった。
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