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64. 夕食

 レオノラから「帰る」との言葉を聞いたベルナールは、そのまま自分だけで一足先に帰ってしまった。

 ミロモンテ辺境領までは数日掛かる距離なので、宰相が急に何日も職務を放り出す訳にはいかないのだろう。

 むしろ、連れ戻しに来たこと自体がかなり予想外だ。


 その背を見送ったレオノラも、帰ると言った手前、次の日には馬車で王都へと出発していた。


 数日滞在すると伝えていた家族には、振り回してしまい非常に申し訳ない気持ちになる。

 それなのに、当の家族は「せめて一晩泊まっていけ」と引き留め、送り出す時には心配の声を掛けてくれた。


 これこそ思いやりだ。と、改めてベルナールのこれまでの行動を思い返しては比べてみたレオノラは、なんとも言えない気持ちになる。


「……ほんとうに好きなのかしら?」


 考えれば考えるほど、そうは思えない。

 そんな疑問を繰り返している内に、レオノラの乗った馬車はゲルツ侯爵邸へ到着していた。


 暫くは見納めだと思って出た屋敷を、こんなにすぐまた見ることになり、思わず苦笑が漏れる。


 夕焼けに染まった玄関扉が開くのを待ち、馬車を降りたレオノラは、ゆっくりと屋敷の中へと足を踏み入れる。


「奥様!」


 玄関ホールに入るなり、ズラリと並ぶ使用人たちと、その先頭に立つニクソンの姿が目に飛び込んできた。


「奥様、よくぞお戻りに…使用人一同、心からお礼申し上げます」


 感極まった声で深々と頭を下げるニクソンの言葉に、レオノラはむずがゆさと、少しの不安を覚える。


「あ、あの、ニクソンさん」

「はい、奥様」

「その…こんなに歓迎してもらって申し訳ないんですが。実は私、まだベルナール様と完全に和解した訳ではなくて…」


 誤解があるのではと慌てて説明しようとすると、ニクソンは安心させるように、にこりと微笑んだ。


「承知しております。旦那様から伺っておりますので」

「え、そうなんですか?」

「全てではないでしょうが…しかし、たとえ何が起ころうと、我々は全面的に奥様のお味方をする所存でございます」

「へっ?」


 それは一体どういう意味なのか。ニクソンはどこまで把握しているのか。ニコニコとした笑みからは測れないが、レオノラの恐れた誤解はないようだ。


 ホッと胸を撫で下ろしていると、玄関の奥の廊下から近づいてくる足音に気付く。

 視線を向ければ、夕焼けの赤と影の黒。二色が織り混ざる薄暗い廊下の中からヌッと、細身の高身長な男が姿を現した。その眉間には、深い皺が寄っている。


「あ、ベルナール様。ただいま戻りました」

「…………」


 こうして顔を合わせても笑顔の一つも見せないところは相変わらずだが。玄関のレオノラの元まで歩いてきたので、これはもしや出迎えのつもりなのだろうか。


「……………」

「あの…えっと。この時間にいらっしゃるって事は、今日はお仕事が早く終わったんですね」

「……その………」


 ベルナールが視線をスッと上げ、まっすぐレオノラを見詰めてきた。


「こ、今夜…夕食を共に、どうだろうか?」

「へっ?」


 緊張した面持ちで、蛇の鳴き声の様に小さな掠れ声で言われた言葉に、レオノラはパチクリと目を瞬く。

 そのまま思い切り首を傾げて考えること数秒、漸く意味を理解できた。


「お夕食ですか?」

「あ、あぁ」

「ベルナール様から、お誘いを?」

「そうだと言ってるだろうが!」


 繰り返し聞かれてバツが悪くなったのか、ベルナールが目元を釣り上げる。蛇宰相を恐れる者が見れば、即座に低頭して従うだろう迫力だ。

 だがレオノラにはまったく通用しない。


「…どうして急に?今まで私がお誘いしても、いつも冷たく断ってたじゃないですか」

「うっ!」


 意地悪な言い方になった自覚はある。しかし、今まで何度も軽く遇らわれてきたレオノラとしては、その誘いを素直に喜べない。


 当のベルナールは、レオノラの質問に顔色を悪くさせ、額に汗を浮かべながら、モニョモニョと口篭っている。


「こ、これまでは…その…食事を共にすることを、重要視していなかったからで……」

「そうですよね。では、私も今夜はお断りします。夕食は部屋でいただきますので」


 そう言ったレオノラがベルナールの脇を通り過ぎる時、目から生気が失われ絶望した横顔が視界を掠めたが、それをなんとか無視して足を進める。

 玄関ホールの奥の階段を一歩上がれば、背後で使用人達がそそくさと動き出すのが分かった。そこでベルナールがどうしたのか気になるが、それでもレオノラは決して振り返らない。

 

(そんなにショック受けるなんて……)


 ベルナールと同じ様に冷たく断ってみたものの、思っていたほど気持ちは晴れなかった。嫌な言い方をすることにも、あんな顔をさせたことにも、罪悪感がジクジクと胸を刺す。もともと、あそこまで絶望されるとは思っていなかったのに。


 けれど、少しは同じ気持ちを味わって欲しいという想いと、やられっぱなしは嫌だという意地が、こちらにはあるのだ。

 この間までいくら誘っても冷たくされたのに、急に向こうが誘ってきたからといって素直に喜べない。


「でも…ちょっと、言い方悪かったかなぁ」


 今までのことを考えれば、自分だって何回かは断ったって良い筈。そう言い訳を並べてみても気分は晴れず。部屋のベッドに倒れ込んでもあの顔が思い起こされ、後悔の念がじわじわと胸を刺してくるのだった。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

ブックマークやリアクションや評価くださった方々も誠にありがとうございます。


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