63. 許さない
レオノラは真っ赤になったベルナールを前に、ただ戸惑っていた。
あの態度と行動からして、彼が自分を好きだったなどと、嘘か世迷言かにしか思えない。そもそも何時から好きだったのか。最近の情緒不安定っぷりはそれが原因ではないだろうか。
それにしては、レオノラに対する不機嫌そうな態度はずっと変わらないままで、やはり行動が伴っていない。
正直に言えば、好きと言われたことは嬉しい。だがそれよりも、本当かと疑わしく思う気持ちの方が強い。
なんとなく自分が無理やり言わせた流れなのも気に入らないし。そもそも「好きだ」と直接言葉で言われてもいない。
(そうなんだけど……)
チラリとレオノラが視線を上げれば、ベルナールが未だ顔を赤くして、目をキョドキョドと泳がせ、大量の汗をかいていた。その髪も服も乱れたままで、本当に慌ててここまで来たことが分かる。
ベルナールの言っていることが本当だとすれば、それはそれで難しい部分があった。
「えっと、申し訳ありません。私は、そこまで好きじゃないです」
「…はっ!?」
真っ赤だったベルナールの顔が、サァッと血の気を失い青くなっていく様子に、レオノラは思わず見入ってしまった。
たった一言でここまで表情を変える姿は、少し可愛く思えてしまう。
思えてしまうのだが、やはりそれだけで気がおさまる訳もなく。
レオノラは少しだけ逡巡したあと、思ったままを口にすることにした。
「それに、そう言われても信じられません」
「ぐっ…」
「だって、それにしてはベルナール様の態度は冷たかったと思います」
「……そ、それは………」
狼狽るベルナールに、レオノラは更に首を捻って現状の理解に努めた。
そんな風に顔色を悪くするなら、やっぱり好かれているのかもしれない。
『妻』という言葉に固執してるところから、恐らく恋愛的な意味で。
高いプライドをかなぐり捨てて、遠いこの地に単騎で駆けつけてあたふたする程度には。
しかし……
(ならもっと早く、普通にそう言ってくれれば良かったのに)
そんな気持ちが胸に湧いてしまう。
だって、ベルナールとの関係を良くしようと思ってしていたあれやこれが、実は要らぬ苦労だったということになる。すげなくあしらわれたり無視されたりするから、別の手をと思って毎度頭を捻っていたのに。
会話だって「ニクソンに聞け」しか返ってこないから、レオノラも悩んでいたのに。こんなことなら、もっと建設的な話が今まで幾らでもできたはずだ。
ベルナールの破滅だって、そういうことなら、王女殿下に無理やり結婚を迫る想定や心配だって必要無かったのだ。
これまでのレオノラの努力が、どこか茶番だった気がして、その部分はどうにも腹立たしくて仕方ない。
かといって、ベルナールの気持ちが嬉しいのも嘘ではないのだ。
「……お気持ちは嬉しいです。これからベルナール様と好き同士になれたら、すごく幸せだとは…思います」
「あ、あぁ」
「でもやっぱり、ベルナール様は冷たかったし。あれで好かれてる実感がいまいち湧きません」
「うっ……」
ダラダラと汗を流しながら目を泳がせるベルナールの顔に悲壮感が漂い、レオノラは少しだけ罪悪感を覚えるが、口は閉じなかった。
「なので…」
「なんだ?離婚ならしないぞ」
「違います。なので…しばらく、許さなくても良いなら、お屋敷に戻ります…」
とりあえず、レオノラが出した答えはそれだった。
一旦時間が欲しい。ベルナールの気持ちをまず信じ、喜びと腹立たしさが混ざり合う気持ちを整理する為の時間が。
そして単純に、これまでのことを何もなかったかのように流して、普通の夫婦らしく振る舞うのは、どうしても納得がいかなかった。
時間は欲しいが、ベルナールはレオノラが帰ると言うまで諦めない気がして、王都に戻ることだけは了承する。
そう提案したレオノラが伺う様な瞳で見上げれば、ベルナールは口をパクパクと動かし、何か言い掛けては止めを繰り返した。それでもここは譲れない、とレオノラは視線を強くしてジッと相手の緑眼を見つめる。
ベルナールとしては、「しばらく」とはどれくらいか。「許さない」とは具体的にどういう意味か。聞きたいことは山ほどあったが、今それを聞いて、望む答えが得られなかったら、という恐怖が勝る。
とりあえず、『戻る』と言ったのだ。屋敷に戻ってくれさえすれば、ベルナールは安心できる。たとえ、レオノラが自分を好いていないとしても。腹を立てているのだとしても。夫婦関係さえ継続できるのなら…
そんな想いで、ベルナールは小さく、レオノラの提案に頷いたのだった。
ベルナール様が自覚したので、お仕置きスタートです。
すみません。ここからまだ長いです。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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