61. 故郷
麗らかな午後の日差しを浴びながら、レオノラは懐かしの故郷を軽く散歩していた。
ミロモンテ辺境伯爵家の屋敷から延びる、田園風景の中の長い一本道。少し強めの日差しは、昔から使っている日傘が防いでくれていた。
チチチッ、と囀りが聞こえ、ふと空を仰ぐと、二羽の鳥が仲良く空を舞っていた。そのまま遠くへ飛び去っていくのを見送りながら、レオノラは深く溜息を吐き出す。
「家出しちゃったけど…うん、まぁ仕方ないよね。あれは」
先日のベルナールの言葉と態度を思い出す。
急にへべれけに酔っぱらったかと思えば「幸せな結婚ができると思うなよ」などと言い放ったのだ。
あまりにも脈絡のない宣言に呆気に取られると同時に、さすがのレオノラも少し腹が立ち、一旦頭を冷やすべくゲルツ侯爵邸を出た。
先ぶれもなく戻ったレオノラを、ミロモンテ家の家族は手放しで迎えてくれた。「蛇宰相に不満が?やはり戻ってくるか?」と、事情を説明する前から詰め寄る勢いだったので、レオノラはそこは曖昧に濁しておいた。
ベルナールの破滅を防ぎたい、という思いは変わっていないため、すぐに離婚は考えていない。何時どうなるか分からない中で家族をずっとやきもきさせる必要もないだろう、とレオノラは判断したのだ。
けれど、離婚は遠くない未来にあるような気がして、レオノラはまたひとつため息が溢れる。
さすがに、あそこまでベルナールに嫌われているとは思わなんだ。
口の端をやんわりと噛み、どうにも消化しきれない口惜しさに、レオノラは道端の小石をペシッと蹴る。
「……酔っ払いの戯言と思うべき?…それとも本音?……う~ん……」
一応、本気で嫌われている訳ではないとは思っている。ほとんど会話が無いとはいえ、いつも不機嫌そうに睨まれるとはいえ。
では好かれているかと聞かれれば答えは否で。結局、あれがベルナールの本心だったのか違うのか、判断がつかない。
どちらにしても、あんな発言をするくらいなのだから、レオノラは「愛し愛される夫婦」になるのはすっぱり諦め、ベルナールの破滅を阻止することだけに集中すべきだと考えを改める。
努力が無に帰した遣る瀬無さに、また別の石ころを蹴飛ばした。
「まぁ、私だって好きかって言われたら、ちょっと困るけど」
恋愛的な意味で好きか、と聞かれたら、答えに窮してしまう。
これまでの自分は、思えばかなり“チョロい”状態だった。
元々ベルナールが推しだったということで好感度は高かったし、一緒に暮らしてみて居心地悪くはなかった。
ほんの少しのきっかけがあれば、簡単に恋に落ちていたかもしれない。
けれど、ベルナールからのそういう恋愛的な歩み寄りは、終ぞなかったのだ。
悪役推しとしてはそれでも良いのだが、やはり妻としては嬉しくはない。
傷ついた貴族令嬢としてのプライドがムカムカと騒いでいる間は、王都に戻らない方が良いだろう。でないとベルナールに怒りをぶつけてしまうかもしれない。
とりあえず気持ちを落ち着け、またベルナールを応援するモチベーションが戻るまで実家でのんびりしていよう。
うん、それがいい。と、照りつける日差しの中、ぐっと身体を伸ばしてしばしの休暇に期待を膨らませた時。道の向こうからこちらへ向かって突進してくる馬が視界に映った。
「…なに?」
そこそこの速度で馬を走らせる乗り手まではまだ見えない。
国境の砦から父に急ぎの知らせか。と、レオノラは少し嫌な予感を覚えた。
何か事件だろうかと不安にかられ、レオノラは道の脇に逸れながらその姿をじっと目で追った。そのまま馬がすれ違う瞬間、乗り手の横顔が一瞬視界に入る。
堀が深く細長い輪郭に、黒髪とギョロッと光る緑眼。
「えっ!!?」
ここに居る筈のない男の姿が見えた気がして、レオノラは驚いて振り返った。すると、乗り手もこちらに気付いたのか、レオノラのすぐ後ろで馬を急停止させる。
「えっ!?ベルナール様!!!?」
見間違いかと思ったのに、馬から降り立ったのは不機嫌そうに眉を寄せたベルナールだった。
いつも丁寧に後ろに撫で付けられている黒髪は乱れていて。羽織った外套も土埃で汚れ、いかに彼が慌ててここへ来たかが伺えた。
「ベルナール様、どうしてこんなところに?」
「貴様を連れ戻しにきたに決まっているだろうが!」
「え、えぇぇ?」
思ってもみなかった回答に、レオノラは仰け反る程驚き、手に持っていた日傘を落としてしまった。
「えっと…なんでですか?」
「っ!?そ、それは…貴様が私の妻だからだろうが」
その返答に、レオノラはガクッと膝が崩れそうになるのを必死に耐える。そして走った頭痛を押さえるように、額にそっと手を当てた。
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