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58. 月光と顔色

 驚きに固まるレオノラを他所に、ベルナールはそのまま苛立ちを滲ませた視線を庭園へ向けた。


「…なぜ、あの二人がこんな場所に……そして、貴様は何をしている」


 さすがに声は潜めており、庭園で踊る王女達には聞こえなかったようだが。突然現れたベルナールに、レオノラは目を瞬かせるばかりだった。

 一体、どうしてここに居るのか。そもそも、なぜここが分かったのだろうか。


 ここはダンスフロアからも宰相執務室からも遠く離れていて、ベルナールがたまたま通り掛かったなどということはあり得ない。


 つまりは、誰かを探してここへたどり着いたということで、それが誰か、というのが問題なのだが。


(王女殿下?…いや、もしかして私?)


 今宵の主役が姿を消したのを不審に思い、宰相として捜していた、というのは十分考えられる。


 それと同時に、もしや自分を探していたのでは、とレオノラはタラリと背筋に冷や汗が流れた。

 今夜は舞踏会が始まってからずっと、ベルナールはやけに手を離そうとしなかった。まるで監視でもするかの様に。


 なのでベルナールの探し人が自分の可能性もあるのだが、そうなると、こんな遠い場所まで探させたのだから、かなり怒らせてしまったかもしれない。


 レオノラがどうしたものか、とベルナールの怒り具合を観察しようと顔を上げると、なんと庭園の方の二人を見ながら「チッ」と短く舌打ちしたのだ。


「何をしていた……あの男でも追ってきたのか?」


 聞く者を氷漬けにせんばかりの底冷えする声。苦虫を何匹も噛んだような、忌々しさを全面に押し出した顔に、レオノラはハッとした。


「だ、ダメですよ。今お二人を邪魔しちゃ…あそこには今は誰も入れないんですからね」

「はっ?」


 恋愛感情の件を抜きにしても、王女殿下とアレク・フェザシエーラが接近するのはベルナールにとって歓迎すべきことではないだろう。

 けれど今は、二人にとって大事な一時で、それを邪魔させてはならない。


(あの良い雰囲気をぶち壊したら、ぜったい恨まれるよ)


 “嫌い”を通り越して“恨み”を買っても仕方ない行為だ。さすがに投獄されることはなくとも、立場が危ぶまれる可能性は十分にある。


「私はお二人の素敵なお姿を見に来ただけです。が、もう諦めますから。ベルナール様も、ここは諦めてください」

「っ!!」


 レオノラが必死に訴えた瞬間、ベルナールが息を呑んだ音がはっきり響いた。同時に、その細身の体がピクリと跳ねる。

 そのベルナールの動揺が伝わり、レオノラも釣られて驚いてしまう。銀色の月明かりのせいか、その顔色は血の気が引き、病人のように真っ白だった。


「あの、ベルナール様……大丈夫ですか?」


 固まったまま動かないので、顔の前で手をヒラヒラと振ってみるが微動だにしない。

 これはどうすれば、とレオノラが戸惑う間も、ベルナールは呼吸すら止まっているのではと疑うほど音も出さなかったが。

 突然、フラリと揺れながら踵を返した。そのまま歩き出せば、腕を掴まれたままのレオノラも、強引に引きづられてしまう。


「えっ?ちょ、ちょっと…ベルナール様!?」


 慌てて後を追いながらチラリと背後を振り返ると、王女殿下とアレクはまだ二人だけの世界で踊っていた。こちらの騒ぎに気付かれなかったことには安堵し、レオノラはベルナールに意識を戻した。


 呼びかけても、掴んでくる手から逃れようと足を踏ん張っても、ベルナールは止まってくれない。


 レオノラの腕が離されたのは馬車に強引に押し込まれてからで、「帰るんですか?」とベルナールに確認するが、答えはない。その顔は依然と白いままで、表情もどこか呆然としている。


「あの、もしかして体調が悪いのでは?」

「……………」


 まるで病人のような顔色にレオノラも体調不良を心配するが、相変わらずベルナールは答えないし、目も合わせない。


 なにがなんだ、とレオノラが不安と心配に胸がいっぱいになっている間に、馬車は侯爵邸へと戻ってきてしまう。


 屋敷に無事着いたことにレオノラがホッと安堵すると、ベルナールはそのまま馬車を降りていってしまった。


(いったい何なの?)


 あまりにも奇怪な行動を取るベルナールの後を追って玄関を潜るが、当の本人は出迎えたニクソンや使用人達までも無視しながら、自室へと引っ込んでしまった。

 唐突に帰宅し、ただならぬ様子で消えていった屋敷の主人に、使用人達も困惑している。


「………えぇぇ」


 説明を求めるようなニクソン達の視線に晒される中、レオノラの嘆きの声だけが静まり返った玄関に響いた。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

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