57. 夜の庭園
ベルナール達の元へと戻ると、アレクはそのまま王女殿下と共に人混みの中へと消えていった。
その後ろ姿をほんの一瞬見送ってから、レオノラは振り返る。すると、難しい表情を浮かべたままのベルナールが、蛇の様に鋭い視線を向けてきた。
「おい、貴様…何を考えて」
「ベルナール様。私は用事があるので、少し離れますね」
「なっ!?…お、おい」
呼び止める声は無視し、レオノラは人混みを巧みにすり抜けて進む。会場内に視線を巡らせれば狙い通り、王女達の姿は消えていた。
あれだけ挨拶周りをしっかりしていたのだから、もう抜け出しても良い頃合いだったのだろう。
ならば、自分も急がねば。と、レオノラは不自然にならない様に微笑みを浮かべたまま、会場の外へ出た。
何度も通った王城内を、東の庭園を目指して歩く。廊下から窓越しに視線を向ければ、外には屋内から漏れた僅かな明かりと、柔らかな銀色の月光のみが差していた。
これならきっと、ロマンチックな雰囲気になること間違いない、と思わず口の端に笑みが浮かぶ。
そうして迷路の様な廊下をいくつも曲がり、漸く城の東側に出た。
庭園に面した外廊に、ズラリと並んだ石造りの柱の影をコソコソと移動しながら、庭園の中に人影を探す。
すると、丁度良いタイミングだったのか。庭園の中で二人の人影が、お互いに向かい合い綺麗なお辞儀をしているところだった。
(おっ!)
レオノラは目を輝かせながら、さらに近くの柱へ身を潜め、その影からそっと顔を出す。
そこでは夜の庭園に降り注ぐ月光の下、美しい姿勢で身を寄せ合うヒロインと攻略対象が、夜風に吹かれる様な軽やかさでフワリと踊りはじめた。
まるでこの世の美を集約させたかの様な圧倒的輝きに、ハッと喉の奥で呼吸が止まる。ぼんやりと口が開いたことにも気付かないほど、レオノラは見惚れていた。
(素敵ぃぃぃぃぃ!!)
声にならない叫びをあげ、興奮に拳を強く握る。
なんという美しさか。
普段は燃えるようなセラフィーネ王女の赤髪が、今は月光に包まれて柔らかな桃色に反射している。
王女の細い腰に手を回したアレクは、その瞳に王女を映しながらとても優しい笑みを浮かべていた。
(んんんっ!素敵!夜の庭園はやっぱり最高にロマンチック…でも距離が少し遠くないかな?もしかしてまだ気負ってる?)
優雅なステップを踏む二人の姿勢は、ダンスの構えとしては理想的だが、お互いに気がある男女の距離感としては微妙に遠い。
(練習の成果の発表ってことだから?いや、でも二人っきりだし。夜だし。雰囲気バッチリなんだから、これからよね)
初めは王族としてダンスの披露が目的でも、このまま身を寄せ合っていれば、僅かでも距離は近くなるはず。それはそのまま心の距離となって、二人の仲もきっと近づく。
(あ、ちょっと近づいた。王女殿下笑った?…あぁまた一歩近くなった!)
よしよし順調。と、レオノラは見惚れてニヤニヤと声なき歓声をあげていたのだが、唐突に背後に立った気配にガシッと二の腕を掴まれた。
「ヒッ!!!?…え?あ、あれ…なんで…?」
「…………………貴様………」
夜闇を切り裂く悲鳴を必死に飲み込んだレオノラが驚いて振り返れば、そこには蛇の様に鋭い瞳のベルナールが思い切りこちらを睨みつけていた。
そして蛇顔の眉間に刻まれた険しい皺と、剥き出しの奥歯が、その怒りを物語っていた。
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