表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/76

55. ダンスの教育係

 イベントの発生の為に、どこかでベルナールが王女殿下とアレクの元へと向かうと思っていた。なのに、レオノラの手を取ったまま、他の貴族と話し込んでしまうベルナールは、一向にその気配を見せない。


 よもや蛇宰相の登場をすっ飛ばして、さっさと王女殿下(ヒロイン)アレク(攻略対象)で抜け出してしまわないだろうか。不安になり確認しに行こうとしても、グイグイ手を引かれてそれも叶わなかった。


 一人と話が終わり、次の相手を探す間に、手を離して貰おうとしてもぜんぜん上手くいかない。


「ベルナール様。私、知り合いに挨拶を…」

「知人など居ないだろう。余計なことをするな」

「じゃ、じゃああっちで飲み物を…」

「さっき飲んだだろうが。まだ足りないのか」


 たしかにさっきも飲んだが、その時もずっと手は掴まれたままで、離れられなかった。


 レオノラの行動は不機嫌そうなベルナールに阻害されるが、そろそろ本当に王女達の様子を確認したい。


「ベルナール様。私達もそろそろ王女殿下にご挨拶を…」

「必要ない」

「えっ!?そんな訳には…ご挨拶くらい」

「必要ないと言っている」


 そんな訳あるか、とレオノラは内心思い切り突っ込んだ。王女殿下のお披露目の会で、本人に挨拶しない宰相がどこにいる。


「今日はあくまで、王女殿下と初対面の者の為の場だ。私は今朝も段取りの確認の為に会っている」

「そ、それは……そう、でしょうけど」

「なんだ?そんなにフェザシエーラの小倅と会いたかったのか?」

「え?いや、王女殿下への挨拶の話をしてるんですが」


 小さく言い合いをしていると、レオノラ達の背後に誰かが立った気配がした。


「ゲルツ宰相殿。侯爵夫人」

「………………………これは、王女殿下にフェザシエーラ公爵令息殿」


 後ろから声が掛かった瞬間、ものすごい、まるで蛇を通り越して鬼のような形相になってから、表情を作り直し、平静を装って振り返るまで数秒。

 ベルナールの表情変化の一部始終を見てしまったレオノラは、唖然とした。


「我々にまでお声掛けくださり光栄です。ですがよろしいのですか?今宵は他に、王女殿下に目通りが漸く叶い、お言葉を望んでいる者が列を為しているのでは?」


 ベルナールが口の端が僅かに上がった嫌味な笑みを浮かべる。


「王女殿下が、侯爵夫人と是非挨拶がしたいと」

「えっ!?私、ですか?」


 レオノラが驚いて声をあげれば、セラフィーネ王女が微笑みながら一歩前に出た。


「ゲルツ侯爵夫人にずっとお礼を申し上げたくて。先日はお気遣いいただき、ありがとうございました」

「そっ…!」


 「そんなこと良いのに!」と恐縮しそうになったレオノラだが、王女の完璧な所作を前に、自身も姿勢を正すべきだと考え直す。


「勿体無いお言葉です。王女殿下がご壮健であられることが何より大事ですので」


 倒れるほど無理はしていないと思いたいが、今日の足はマメだらけの筈だ。心配のつもりでレオノラは口にしたが、横のアレクの視線が一瞬だけチラリとセラフィーネ王女の足元へ下がったのを見逃さなかった。


 この短期間で、田舎貴族の娘から、王女としての所作を完璧にするほどの努力は天晴れだが、やはり無理をするところは心配になる。


 というより、それをアレク(攻略対象)は分かってないのだろうか。


「そういえばフェザシエーラ様。以前図書館で借りてらっしゃった本の件は、どうなりましたか?」


 なんのことか分からないだろう王女には悪いが、ダンスという言葉は避けて聞いてみる。するとアレクも察したのか、瞳に少しだけ憂いの色が滲んだ。


「それに関しては、またいずれ。成果をご覧いただける機会は近々あるだろう」


 違う。王女を無理させてはいないか、と聞きたかったのだが。しかしお披露目の場で、あまり突っ込んで聞くのも良くないか。

 レオノラは諦めて引き下がろうとしたが、横のベルナールがフンと鼻を鳴らしたのだ。


「いずれ、などと随分と無責任な発言ですな。やはり殿下のダンスの教育は、フェザシエーラ公爵令息では力不足だったのでは?」


 ビシリと空気が凍った。

 ヒッと王女が息を呑む音が聞こえ、アレクの瞳がキッと剣呑に光る。その横でレオノラはサァッと顔を青褪めさせた。


(なんで今のでダンスのことだって分かったのよ!え、偶然?話題が飛んだ?それよりなんでそんなこと言うのよ!)


 ベルナールが図書館で自分達の会話を聞いていたとは知らないレオノラは、内心で思い切り頭を抱えた。

 なんでこうも嫌味たっぷりに、悪役の様な台詞を言うのだろうか。あぁ、悪役だからか。


 レオノラが内心悲鳴をあげている間にも、ベルナールは更に口の端を歪める。


「っ!?」


 その、悪役の本領とばかりの嫌味な笑みに、レオノラは思わずドキッとときめいてしまう。だものだから、ベルナールを止めるのが一瞬遅れたのだ。


「まったく身の程を弁えずに口を出し、余計なことを…王女殿下。今後はやはり、私の紹介した者を練習相手に。技術も身分も申し分無い男を用意しますので、ひいては次の夜会のエスコートもその者に…」

「ベルナール様!!」


 悪くなり続ける空気をレオノラは咄嗟に声を上げて打ち消した。

 ベルナールはアレクを攻撃しているつもりかもしれないが、普通に王女にもダメージが行く。自分の所為でアレクが責められ、クビにされそうになっているのだから。


 しかし、咄嗟に割って入ったものの、レオノラは次の言葉に詰まった。


「え、えっと…あの…」


 何を言えば良いだろう。

 このまま無理やりベルナールを引き離すだけでは、ただただ不自然だ。

 そもそも、ベルナールの言い方が良くないのが悪い。あんな刺々しい、嫌悪を隠しもしない嫌味をつらつらと…


(あっ!もしかして、嫉妬か!)


 ハッと浮かんだ考えだが、その可能性がとても高い。好きな王女殿下と、懇意で今夜のパートナーまで勤めているアレクに、嫉妬する故の言葉ということも十分有り得る。

 好意を拗らせて言葉が悪くなるというのは、まさに悪役らしい役回りではないか。


 その可能性を視野に入れると、レオノラの今後の展開の為に頭が回転し、すっと息を小さく吸い込んだ。


「フェザシエーラ様のダンスの腕はとても素晴らしいのですよ。折角なので、お見せしましょう。いかがですか、フェザシエーラ様」

「はっ?」


 アレクが首を傾げて疑問の声をあげた横で、「はぁ˝っ?」ともっと低い声も聞こえた気がしたが無視だ。

 レオノラは、三人から向けられる驚きの目を受け、ニッコリと微笑んだ。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

ブックマークやリアクションや評価くださった方々も誠にありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
そうじゃない、そうなんだけどけどそうじゃない(心の俳句) 鈍感系主人公になりつつありますが、主人公を鈍感にしてるのはお前なんだぞ宰相。焦れ焦れ、いぃーっひっひっひw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ