54. 披露目
突然発表された王女殿下のお披露目の舞踏会当日。朝からケイティ達に全身を磨かれたレオノラは煌びやかなホールを、ベルナールのエスコートで挨拶に回っていた。
今は、口髭が逞しい伯爵の男とベルナールが会話する横で、レオノラはぼんやりと思考を飛ばしている。
(…ソファ、買ってもらったら良かったかも)
問答無用で断りはしたが、好きな家具が揃うと思うと引越しもアリに思えてきた。
特にソファは、最近巷で評判の、フカフカでベッドより心地よいと言われるものがあるのだ。
ベルナールが夜を共にするつもりかには疑問が生じたし、内扉には鍵だって付いている。
今日だって、案の定着飾ったレオノラを見ても眉を寄せただけで一言も感想を言わなかったベルナールが、そういう関係を持ちたがっているとは思えない。
なら引越しも良いかと思うが、やはりベルナールの隣部屋では緊張するし、寛げる気がしないと考え直す。
「ワハハ!まことでありますな。奥方もそう思いますでしょう」
「っ!?は、はい。勿論ですわ」
急に話を振られたが全く聞いてなくて焦る。とりあえず同意しておくと、途端に腕を強く引かれグイッとベルナールの影に隠されてしまった。
「ドルケン伯爵。どうかコレのことはお気になさらず」
「い、いやぁ、これは失敬。ハハハハ」
胃に響くような低い声で凄まれた伯爵が、ブルリと身を震わせた。
ずっとこの調子で、レオノラには一切目もくれず、妻とは名ばかりで挨拶もさせてもらえない。これでよく「妻の義務」などと言えたものだ、と苦笑が漏れてしまう。
そうして適当にぼんやり過ごしていると、フロアの奥の壇の方から、王族の入場を告げる声が響いた。
その宣言に会場全体の視線が集中した頃、壇上の横の重く垂れた緋色のカーテンから、この国の国王と王妃が出てくる。そしてその少し後ろから今宵の主役、セラフィーネ王女殿下がゆっくりと姿を表した。
全員が揃ったところで、中央の国王が会場を見回しながら口を開いた。
「皆の者、本日ここに集まってくれたことに感謝する。長き時を越え、我が娘セラフィーネが帰還した。この素晴らしい喜びを分かち合う祝宴を、皆に是非楽しんで欲しい」
端正な顔立ちはどことなくセラフィーネ王女と似ている。しかしそこよりも、燃えるような情熱を感じさせる赤い髪が、王女との血の繋がりを表していた。
その後挨拶を終えた国王陛下に続き、本日の主役が一歩前で出る。
「皆様、陛下よりご紹介いただきました、セラフィーネでございます。こうしてご挨拶できることを大変光栄に思います」
会場に集まった貴族の誰もが魅了される。ハッと息を飲み、ホゥと見惚れるため息の声が、ところどころであがった。
誰もが賞賛せずにはいられない美貌。
それだけでなく、壇上に立つその姿からは、気品と威厳が感じられた。
長い時を得てお戻りになった王女。いずれ王座を担う、次代の女王。
その場の全員がそれをヒシヒシと感じ入っている中、レオノラはまったく別のことに意識を奪われていた。
(ああぁ、そんなカーテシーなんかしたら。足のマメが…)
ゲームのストーリー通りなら、セラフィーネの足はマメだらけで、舞踏会用のヒールがもはや凶器のように痛む筈だ。
あの四阿でうたた寝をしたレオノラとのお茶会の時とはまるで違う。完璧な作法と、堂々とした威厳は、王女殿下の努力のほどを伝えてくる。
だものだから、レオノラは心配でたまらなかった。
その後、王女殿下が見事な挨拶を終えると、横からスッと優雅に現れた青年が手を差し出す。当然のことだが、王女の美貌にも負けない、会場の女性達の視線を全て横取りする端正な顔のアレク・フェザシエーラだ。
アレクのエスコートに応え、ゆっくりと手を重ねるセラフィーネの姿も、美しい姿勢だった。
優雅な微笑みを浮かべ、一歩ずつ壇上を降り、フロアの方へと足を進める。
そうして集まった貴族達への挨拶が始まった。
我先にと詰め寄る者や、一歩引いて様子を伺う者など様々な招待客に向けて、上品に微笑むセラフィーネ。皆の視線が集中していると、さり気無くフロア全体に音楽が響き出した。
その流れに、レオノラはピンときた。これは、王女を踊らせない為の措置だ。
本来なら初めのスピーチの後に王女のファーストダンスが行われるのだろうが、それを飛ばして挨拶回りへと移った。しかしその間に会場にはダンスの音楽が流れ、招待客が先に踊る様に促している。
つまり、レオノラの知るゲーム通り、王女の足はマメだらけということ。イベント通りに事が進んでいるということか。
それならばここは悪役蛇宰相の出番。うまくいけば、とても美味しいワンシーンをすぐ近くで拝めるだろう。
なのでそれは楽しみなのだが、それまで王女殿下の足は保つだろうか。
(あぁ、ちょっと足モゾモゾさせてる。あっ!今バランス崩した?)
一見王女の所作は完璧だが、足が痛いのではと疑うと、そう見える場面もある。
レオノラがハラハラと王女殿下の同行に視線を向けていると、横から短い舌打ちが聞こえた。
「……チッ!」
王女殿下のお披露目というめでたい場で、忌々しげな舌打ちをするのは…
表情は取り繕いつつ、目の奥に苛立ちの色が見え隠れする蛇宰相だ。
虫の居所がどうにも悪いらしいベルナールに不安を覚えたが、何をする間もなく貴族相手の話しを再開させてしまう。
(王女殿下への挨拶は、後にするのかな…)
どちらかと言えば、王女殿下を初めて見る者達へのお披露目ということで、宰相は順番を譲ったとしても可笑しくはない。
が、そういう事情ではなさそうなベルナールの横顔に、レオノラは小さくため息を吐いたのだった。
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