50. 警戒対象
ベルナールと顔を合わせるのは気まずいなと思いつつ、レオノラは習慣となっている弁当の差し入れの為、宰相執務室を目指して王城の廊下を歩いていた。
王女殿下のお披露目の準備の為か、すれ違う文官や侍女達がどこかソワソワと忙しない気がする。
なにせベルナールも、あれから家に戻ってないのだ。
その間、顔を合わせていないが、それもまだ二日だけなので怒りが収まっていない可能性も高い。
だから若干、今日のレオノラは宰相の執務室に顔を出すのが憂鬱だった。
気のせいか、いつもより重く感じるバスケットを手に、たどり着いた宰相執務室の扉を小さく叩く。
コンコン、と控えめな音が響いた後、いつものようにクリスが出迎えてくれた。
「レオノラ様、お越しいただきありがとうございます」
「クリスさん……ベルナール様って中に居ますか?」
「申し訳ありません。ただいまゲルツ宰相はご不在でして」
「えっ、あ、そうですか」
やった、と顔に安堵の色が広がったレオノラに、クリスはこっそり額を押さえた。
「やっぱり喧嘩してるんじゃないか」と少し前、いつものレオノラの来訪時間に合わせ、落ち着かない様子で部屋を出て行ったベルナールに内心突っ込みを入れておく。
直前で逃げ出しておいて、よく「白い結婚を解消すれば良いだけ」などと自信ありげに言い捨てたものだ。
言いたいことは山ほどあるが、クリスはそれを飲み込みながら、レオノラを中へ案内した。
「きっと、王女殿下のお披露目でお忙しいんですよね」
「あ、いえ。これは逃げ…られない仕事が山積してまして」
そうなんだろうなと頷きながら、レオノラは折角二人きりなのだし、とサポートキャラから情報を貰うべく。チーズたっぷりの弁当をクリスに手渡した。
「ところで、お披露目が急に決まったみたいですけど…」
「そうなんです。王女殿下に早くご挨拶を、という意見が押さえきれないほど殺到して。急遽、陛下の忠臣や限られた高位貴族に限定して、その方達だけでも、ということになったんです。ゲルツ宰相は物凄く反対されてましたけど」
「あぁぁ、それは…なんとも」
それなら、ベルナールが不機嫌になるのも無理はない。
その矛先が王女殿下や攻略対象達に向かわなければ良いが。と、レオノラが考えたところで、ふと新たに疑問が浮かんだ。
「それで、その王女殿下ですけど、最近はどう過ごされてますか?その…前にお会いした時は、アレク・フェザシエーラ様と仲がよさそうでしたけど」
「ああ、フェザシエーラ公爵のご令息ですね。王女殿下の相談役に抜擢されてから、いつもご一緒に過ごされてますよ」
アレクが王女殿下の相談役になったと以前言っていた。
ゲームでそんな設定はなかったが、ルートに入った攻略対象がなるとすれば、恐らくその役職だろう。
しかし、まだ断定はできない。
“初めての舞踏会”というイベントが発生した以上、物語はゲーム通りに進み始めている。となれば、他の攻略対象にも動きがないか確認しておきたい。
「えーと…それ以外で王女殿下が仲の良い人って分かりますか?たとえば、騎士団長のご令息とか、前外務大臣のご令息とか、エンダーソン伯爵家の若当主様とか…」
「…若くて優秀で身分が高くて見目麗しくて、と人気の方々ですね。どなたも次世代の有力者で、王女殿下とお会いしたことはあると思いますが、特に親しくされているという話は伺っておりませんね」
「そうですか…」
他の攻略対象と深い関わりはないということは、やはりアレクが本命なのだろうか。それならば、他の攻略対象達はそこまで警戒しなくて良いかもしれない。
警戒対象が一人に絞られたと喜ぶべきか。アレクという、最も身分も能力も高い、ベルナールの政敵が王配になる可能性を嘆くべきか。
(でもアレク・フェザシエーラ様なら、まだ良い気がする)
ベルナールと対立しながらもレオノラの話を聞いてくれたアレクを思い出し、レオノラは小さく頷く。
反対に、話を聞くどころかすぐ怒り出すベルナールの顔も浮かび、少しだけ頭が痛くなった。
そのまま考え込みそうになったレオノラだが、クリスの抱えるバスケットが目に入り、ハッと意識引き戻す。
「それでは、これ以上お昼を邪魔するのも悪いので、私は帰りますね」
「はい。あの、レオノラ様…」
背を向けかけたところで呼び止められ、レオノラは振り返った。
「ゲルツ宰相ですが、今日はお帰りになれるかと思います」
「あ、そうですか。ありがとうございます。そうしたら、今日はご機嫌を損ねないようにしておきますね」
「いっ、いえ!そういうつもりでは……」
決してそういう意味で言ったのではない。慌てて弁解しようとしたクリスだったが、「白い結婚を解消する」と言っていたベルナールのことを口にはできなかった。
本当は少しでも心の準備をしてもらった方が良い気がするのだが。
そんなクリスの意図はまったく伝わらないまま、レオノラは宰相の執務室を出た。
重厚な扉をそっと閉じ、周りの衛兵に微笑みながら踵を返す。
「さて、今日は何処へ行こうかな」
これも習慣となっている、弁当の差し入れのあとの王城内偵察の為、ピカピカの廊下を歩きながら今日の行き先を思案するのだった。
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