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43. 限界の王女様


 そよ風が気持ち良い庭園の、奥まった場所にある東屋。緑の木々や生垣に囲まれ、強すぎる日差しから守る木陰の中に設置されている。


 それは同時に、他人の視線からも守ってくれるわけで、王城を尋ねる高位貴族の小休憩場所として、最適な場所の一つだ。


 しかし、そこまで来るのにもセラフィーネ王女はフラフラとしていて、レオノラは心底心配になった。

 道中の会話も始終要領を得ない内容で。蛇宰相の結婚という衝撃と、眠気と戦っているということだけは十分に伝わった。


「宰相さま、結婚してたのですね」

「はい。妻のレオノラと申します」

「結婚…してなさそうなのに」

「そうでございますね」

「宰相さまの奥さんと結婚してたんだ」

「はい」


 よっぽどベルナールが妻帯者だということが衝撃だったらしい。どんな風に思われてるんだ、とレオノラは内心冷や汗を流すが、そんなことよりも今はセラフィーネの方が重要である。


 フラフラしつつもなんとか東屋の椅子に座ったはいいが、相変わらず目の焦点が合っていない。


「王女殿下、改めまして。私、レオノラ・ゲルツと申します」

「あ、はい。私、セラフィーネです…申します、です」


 限界が近そうだ。

 レオノラがチラリと視線を走らせれば、少し離れた位置で待機する護衛以外には人の姿はない。ベルナールは人払いのお願いもきちんと手配してくれたようだ。


 大丈夫そうだ、と確認したレオノラはテーブルに用意された豪華な紅茶のポットに手を伸ばした。


「王女殿下。まだお茶の葉を蒸らすのに数分、お時間が掛かります」

「あ、はい。そうですね」

「その間、少しだけお休みになってはいかがですか?お茶が入ったらお声を掛けますので」

「え?え、いえ、でも…」

「私も、それならお茶に集中できますし。お疲れの様子なので、少しだけ外の景色を眺めるとか…いかがですか?」


 既にセラフィーネの頭はグラグラと船を漕ぎ始めている。レオノラの提案がよほど魅力的に聞こえたのか、安堵したように「ほぉっ」と息を吐き出すと、東屋の大理石のテーブルにゆっくりと頭を預けてみせた。


「そ、そうですか…そしたら、1分だけ」

「はい。ちょっとだけウトウトするだけです」

「そう、ちょっとだけ。そしたら、またお茶の作法を…ちゃんと」

「えぇ。すぐにお声を掛けますから」

「…おねがい、します」


 なんとも早業で、そのまま寝息が聞こえてきた。

 眠気が限界でまともに考えられなかったのだろう。こんなところで初対面の相手を前に、挨拶もそこそこにうたた寝とは、王族どころか貴族でも、下手をしたら平民でもやらないが。


 しげしげとセラフィーネ王女の寝顔を観察すれば、目の下の隈は化粧で隠しきれない程に濃い。


(それだけ疲れたんだなぁ)


 レオノラはお湯の入ったポットをそっと横に置いた。

 そろそろ蒸らしも終わり、自分の分だけ飲んでも良いかもしれないが。その音や匂いで王女が目を覚ましても可哀そうだ。

 王族の為の最高級茶葉がポットの中、蒸らしっぱなしで無駄になるのは忍びないが、ここはしかたない。


 さて、とレオノラは出来るだけ音を立てないよう、椅子に座り直して楽な姿勢を取った。


 ここから王女が目覚めるまで、レオノラはじぃっと待つのみである。

 そんなレオノラの意図を理解したのか、チラホラと居る護衛が、こちらに困ったような視線を向けてくる。

 それに対してレオノラが、「しーっ」と人差し指を口元に当てれば、向こうも小さく頷いていた。


 護衛達も、王女の疲労は分かっているようだ。


 まったくの予定外だったが、暫く暇になってしまったレオノラはぼんやりと庭園の自然を眺めながら、ヒロイン登場について思いを馳せることにした。


 王女殿下の疲労具合がかなり深刻なこの状況。教育係の選定の責任者であるベルナールが無理をさせているのでは、と本来なら考えるところだが。


(ゲームの設定では、これって自習のし過ぎが原因だったよね)


 ゲームでは王女教育でステータスを上げていくのだが、本来の授業だけではここまで疲労は溜まらない。休みの時間もちゃんと与えられていて、その時に体力回復に勤めるのが正しい攻略法なのだが、そこで“自習”として勉強を選ぶと、体力ゲージがどんどん減っていく設定だった。


 ゲームを当てにし過ぎるのは危険だが、それでも、この件は的外れでもない気がする。


 先ほど見た限り、ベルナールはきちんとセラフィーネ王女に丁寧に接していた。やはり帝国女帝の血筋で、王国の後継者、ということで気を遣っているのだと思う。


 そんなベルナールが、王女を倒れるほど勉強漬けにするような過密スケジュールを、敢えて命じるとは考えにくい。


 だとすればここは大丈夫。ベルナールが非難されそうなら進言するが、そうでない部分の王女教育に関してはレオノラが口を出すことではない。


 そんなことよりも目に見えて問題なのは。


(あの距離感だよね。あれはダメだ。気味悪くて嫌われるよ)


 貼り付けたような笑顔で王女に話し掛けるベルナールは、グイグイとセラフィーネと距離が近かった。あれでは威圧感を与えるばかりではないか。


 少なくともあと一歩、距離を取って話すべきだ。

 レオノラと話す時は二歩も三歩も距離を取るクセに、王女殿下となるとあんなに距離を詰めるとは、扱いの差に笑ってしまう。


 ここにニクソンが居たなら、ベルナールのそれはむしろ己の容姿を利用し、威圧感を与えて交渉を有利に進めようとするいつものやり方で。レオノラと距離が遠いのは、仕事とは違う私的な交流で戸惑っているからだと説明するだろうが。残念ながらレオノラには知る由もない。 


 レオノラは、また目の前で深く眠るセラフィーネに視線を落とす。泥のように眠っていて、ピクリとも身動きしない。


(こんなになるまで頑張ってて健気で、やっぱり可愛いな~)


 ベルナールに迫られるこの可憐さが羨ましいと、ほんの僅かに思ってしまったレオノラだが。先ほどのセラフィーネの反応を思い出し、その気持ちは横に置いておく。


(うん、まぁ。権力の為に付け狙われるのが羨ましいわけじゃないもんね。とりあえず、迫ったからって投獄されないくらいには印象を上げておかないと)


 ベルナールが崖下へ落下する未来を回避するには、まずはグイグイと気味が悪いほど近付くなと言っておかなければ。

 妻である自分の存在が抑止力になれば話は早いのだが。


(…今のところは、なってないってことだよね)


 その事実に、レオノラはセラフィーネを起こさないよう注意しながら、深くため息を吐き出した。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

ブックマークやリアクションや評価くださった方々も誠にありがとうございます。


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