41. 儚げな王女様
悪役に迫られるヒロインを助けに来た攻略対象、というなんとも夢のような構図。
レオノラにしてみれば、垂涎もののワンシーンとして楽しむ筈なのだが、ほんの僅かに残る理性が一抹の不安を訴えてくる。
それもひとえに、ベルナールが既に王女に悪印象を与えているっぽいことが原因なのだが。
「ゲルツ宰相、セラフィーネ殿下に何を言っていたのですか」
「勿論、王女殿下が日々お健やかに過ごせるよう、お話を伺っていたのですよ」
ニヤリと嫌味な笑みを浮かべるベルナールを、アレクがキッと強い視線で射貫く。その二人を前にした王女殿下は、突然のことに儚げな雰囲気で瞳を不安に揺らしている。
まさに、レオノラの理性を吹き飛ばすほど、理想的な風景が広がっていた。
(……あああぁぁぁ)
ジュルリ、と涎を必死に飲み込むレオノラのことには誰も意識を向けてないようで、口の端から垂れる液体をこっそり手で拭っておく。
「ご、ごめんなさいフェザシエーラ様!宰相様!ちょっとだけ風に当たりたくて出てきただけなんです。すぐに勉強に戻ります」
「セラフィーネ殿下が謝ることなど何もありません。……少しお疲れのご様子ですね」
流石、王子様タイプのアレク。さっきのベルナールと同じく「疲れてるのか?」と聞いている筈なのに、こちらは厭らしさなど欠片も感じさせず、純粋に心配しているからと思わせる。そしてその結果、ベルナールの印象が更に悪くなってしまう気がするのだが。
「大丈夫です。すぐ授業を受けます!」
「いや、しかし…それなら、午後は私も殿下と一緒に参加するのはどうだろうか?」
「えっ?」
「やはり顔色が良くない。授業内容に無理がないか心配だ。それに私が一緒なら、分からないところをフォローできるし」
セラフィーネの顔を覗き込みながら発せられたアレクの提案に、横で聞いていたベルナールがまた一瞬頬をひきつらせた。
「聞き捨てなりませんな。王女殿下の教師陣は、全て厳選した者を揃えているというのに。ですが、そこで問題があるとすれば、それを采配するのは私であり、フェザシエーラ公爵令息殿にその権限はない筈だが」
「ゲルツ宰相。貴方の人選に派閥の偏りがあることは明白だろう。それに、私は王女殿下の相談役を陛下から仰せつかっている」
「そして教育面に関しては私に権限がある。違いますかな?」
とてつもなく嫌味ったらしく口の端を釣り上げたベルナールの瞳が、蛇の様に細くなった。
「そもそも、今日の午後はその王女殿下の教育面について、フェザシエーラ公爵の申し出だと、私は陛下から会合に呼び出されている。たしか、公爵令息殿本人からもその場で意見があるとのことだったが」
「…それは……」
「王女殿下の姿が消えたということで、捜索の為に一時保留となっていたが。こうして王女殿下が無事見つかったのだ。陛下の御前で公爵令息殿の意見を聞く為に、私は昼から時間を割いているのだが、それを放りだすと?」
アレクにも、なんならセラフィーネ王女本人にも嫌味になる言い回しだ。その所為かどうか、セラフィーネがヒッと喉の奥で短く悲鳴を上げたのがレオノラには聞こえた。
「す、すみませんでした。私、本当に大丈夫ですから。先生達の授業も丁寧で。勝手なことをして申し訳ありませんでした。すぐに戻りますから…どうか、お二人とも落ち着いてください。
そんな必死の懇願を聞き、レオノラは物語の一幕を楽しむ気持ちから漸く我に返った。
目の前ではセラフィーネを挟んで睨み合いを続けるベルナールとアレク。間に挟まれたセラフィーネの姿は可憐で、儚げで、なんともヒロインらしく素晴らしい画なのだが。
しかし、セラフィーネの今の様子は、儚げを通り越している。
フラフラと足元は揺れているし、目の焦点が微妙に合っていない。風が吹けば今にも倒れそうだ。
ベルナールはともかく、アレクまでその様子に気付かないのか。それとも、それを押し通す必要があるほど、王女の教育とは過酷なものなのか。
本来ならこの二人がどうにかするのだろうが、ここはひとつレオノラも割り込むことにする。
「あの!もしよければ私、王女様とこれからお茶をご一緒させていただけませんか?」
「「はっ?」」
二人分の低い声が重なった。レオノラの唐突な言葉に、ベルナールとアレクが、珍しく仲良く同時にこちらを振り向く。中央のセラフィーネは、聞こえているのかいないのか、フラフラと頭が揺れていて、言われた言葉は理解していない様子だ。
何を言うんだコイツは、というベルナールの視線に負けず、レオノラは二コリと淑女らしい笑みを貼り付けた。
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